[シャンバラ]
前頁

柔軟体操の一種のように見られがちなヨガであるが、その本質は「悟り」の獲得を目的とした霊的進化の技法らしい。
アーサナと呼ばれる数々の複雑なポーズは、長時間の座禅瞑想を行っても新陳代謝や血流の阻害を起こさない柔軟で強靭な肉体を養成するためのものらしい。
また、少し前に「火の呼吸」で有名になったヨガの呼吸法は全身を走る「気道」を浄化すると共に、悟りに必要な生命エネルギーを養う物だと言う事だ。
瞑想法も複雑多岐に渉り、呼吸法と気や生命エネルギーの操作、瞑想によるイメージ操作を組み合わせて行うそうだ。
このような「行」を重ねることによって得られる「現」や「果」をシッディ、日本語では「悉地」と言うらしい。
この「悉地」を獲得し、保持した状態を「通」と呼ぶ。
「悉地」に「通じる」事によって発現する力をアビンニャー、日本語では「神通力」と呼ぶらしい。
「神通力」には主要なものとして神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通の6種があり、この6種を六神通と呼ぶそうだ。
ヨーガ瞑想が深まると生命活動が極端に低下する。
アーサナで強靭な肉体を養い、プラーナヤーマと呼ばれる呼吸法で気道を阻害する「業(カルマ)」を浄化し、生命エネルギーを蓄えて掛からないと容易に命を落とすそうだ。
生命活動が低下し、仮死状態に至る程に深い瞑想の究極状態をサマディ、日本語で「三昧」と呼ぶらしい。
この「三昧」に至る過程で人は生理的な反応として様々な神秘体験をするらしい。
「三昧」が人為的に仮死状態に至るものだとすれば、人為的な臨死体験とでも呼ぶべきものなのだろうか?
「三昧」に没入した状態とは、「異世界」に魂や精神が踏み込んだ状態なのだそうだ。
この三昧によって踏み込んだ「異世界」で活動する為に必要な力が「六神通」だと言う事だ。
聞きかじりの話から俺が得た理解はかなり不正確なのだろうが、取り敢えずはこう言った所らしい。

ヨーガには様々な手法や技法が存在するらしいが、その目的は「三昧」に至り、その中で「悟り」を得ることのようだ。
それ故に、ヨーガの行者は、気道を阻害する「業」を避け、生命エネルギーを損なわないように、持戒して禁欲的な生活を送る。
だが、裏道を行く「外道者」はどんな世界にも現われる。
数あるヨーガの教派?の中には神通力や三昧へ至る過程で得られる神秘体験を修行目的とする教派が少なからず存在すると言う事だ。
性交によって異性から生命エネルギーを奪い取る「房中術」。
自己の「業(カルマ)」を他人の体内に転移させる事で自己の気道浄化を図る「シャクティーパット」。
視覚的な神秘体験を得るためにダチュラやバッカク、その他様々な植物アルカロイド、生物毒や金属を調合した幻覚剤、「秘薬」。
「悟り」と言う目的から逸脱した、本来、長く困難な修行と持戒の上に得られる「副産物」を手早く獲得しようとした様々な手法が開発された。
ただ、こういった外法は厳しく排斥されるものらしく、特に「秘薬」のレシピは秘伝とされ、偽物を掴まされて命を落とす者が少なくないようだ。
修行用の伝統的な「秘薬」の代用として、様々な「現代薬」が用いられた。
こういった薬物の中ではLSDとケタミンは双璧であり、特に規制の甘いケタミンは、インドからヨーガ愛好家の多い欧州に大量に持ち出されているそうだ。
旭 桐子の修めた、そして、朴 京玉が彼女から学んだヨーガはこういった「外法」を行う一派だったようだ。

山佳 京香ヨガスクールはダイエットなどで評判が高いらしく繁盛していた。
だが、山佳 京香には良からぬ噂もあった。
男性会員との不倫や、未成年者との援助交際の噂が流されていた。
もっとも、スクールの会員や周囲の者に言わせれば「同業者の嫌がらせのデマ」と言う事らしかったが・・・
キムさんに示されたヨガスクールのパンフレットと山佳 京香の写真は実年齢と比べてかなり若そうに見えた。
見た目で30代半ばから40歳前くらい。パンフレット上では年齢は40歳代と言う事になっていた。
何れにしても、50代後半と言う山佳 京香の実年齢からはかなり懸け離れていた。
いくら鍛え続けてきたと言っても、ありえない若さと美貌だった。
俺はキムさんに「何年前の写真ですか?」と聞いた。
だが、キムさんは首を横に振って「2ヶ月ほど前のものだ」と答えた。
キムさんの調査では、山佳 京香の不倫や援助交際は実際に行われていると言う事だった。
そして、山佳 京香と一夜を共にしたとされる男達は皆一様に体調を崩し、様々な不幸に襲われていた。
関係者を襲う不幸は本人だけではなく、その家族にも及んでいた。
霊能者の女には大凡の見当はついているようだった。
俺は偽名を使って、山佳 京香ヨガスクールに入校した。

続く