[継呪の老婆]
前頁

老婆が話を続ける。「二枚貝の中から一枚の紙切れが出てきたんよ。ほら、神社の
裏に祀ってあんべ?」トモは、小学生の頃遊んだ神社の裏手にある、一枚の額縁を
思い出した。「シノビガタキコノカワキ ウツセニタスクモノナシ コノウエハ 
ジョウドニテ ミタサレントホッス」心霊マニアのトモは、暗記していたこの言葉を
呟いた。「そんだ。んで、そいつが一緒に入ってたんだんべ?」老婆が袋を指差す。
「そりゃ、あれだ。砕かれた歯と、人間の舌の干物じゃ。」老婆の瞳が少し光った。
「どこから来たんか分からん。けんど、これが流れ着いてから集落のもんが次々と
死んだべ?干からびての。きっと禍々しいもんに違いねぇと、わしのひぃ婆が
色んな村に尋ねてまわったんよ。そんで、御崎郷の神主様がお払いしよったんよ。
その後は村人の死ぬ数がへったべ?けんど、完全に呪いを解くんは無理よっての。」
この昔話は、トモも聞いたことがあった。が、呪は解かれて終わる筈だった。

「んで、神主様がひぃ婆に命じんよ。一族で呪いを受け継ぐんさってな?ひぃ婆は
呪いのことを色々聞きまわって、詳しかったで、その一族なら呪いを解く方法を
見つけるかも知れんべってな。呪いを拡散させんためには、生贄が歯の欠片と
舌の干物を飲むんじゃって。歯の破片が全部無くなりゃ、それでもええってな。」
トモが袋を開けると、砕けた歯と舌の干物が入っていた。老婆が言った。「まだ、
50個近くもあんべ?戦前は10年周期くらいじゃった。年老いたもんが、進んで
引受けたんよ。けんど、戦後になって周期がどんどん早くなったんじゃ。仕舞にゃ、
毎年、引受人を選んどった。複数はあかんで、一個しか飲めんべ?わしは呪いを
調べとったで最後に残されたんよ。けんど、わしには引継先がないんよ。解呪の
法もわかっとらん。呪いは、わしが死んだら、また拡散すんべ?また沢山、
人が死ぬんじゃよぉ・・・。」トモは袋を預り、霊能者に渡すと約束したそうだ。
その数日後だった。老婆の干からびた遺体が見つかったのは。(つづく・・・。)
※ちょっと席をはずさなくてはいけないため、トリ付けときます。

「それがこれなのよ!」私は、トモが興奮を隠せずに言ったのをよく覚えている。
外では雷雨が激しさを増していた。雨粒が次々と現れては糸をひいて消えていく。
ぼんやり窓を眺めていると、車内販売のワゴンが映った。私は、顔色を変えた。
窓に映ったワゴンは、何かが違う。お菓子の代わりに積まれているのは・・・。
トモだ。トモの首、手、足がワゴンにバラバラに積まれていた。口から、紫色の
長い舌がだらりと垂れ下がっていた。私は「んぎぃっ!!」と大声を出し、
座席から飛び跳ねた。ふと我に返った私は、自分に注がれた好奇の目に赤面し、
とっさに、「あの、笹団子をください。」と販売員に告げた。

東京駅までは、まだまだ時間があった。私は、トモが死ぬ間際にかけてきた
電話のことを思い出した。断末魔の悲鳴とともに途絶えたトモの声を。
「もしもし、サト?お願い聞いて!!これじゃ、これじゃぁ・・・・・」
絶叫が響いた。後には、電話の向こうでブツブツ呟く、しゃがれた声が聞こえた
気がしたが、良く覚えていない。考えているうちに、私は眠ってしまった。

夢を見た。それは数日前の現実。私は、耳元で最後の願いを囁いたトモを強く
抱きしめ、微笑んだ。大好きな中国茶を淹れた。白い破片と干物を煎じ、お茶と
一緒に飲み込んだ。トモが涙を流し、繰り返した。「ゴメン・・。ゴメンね・・。」
私は、そっと彼女に口付けて言った。「一人で苦しんだんだね。」そして、トモの
手を握り、囁いた。「分かってたよ。トモ。あの町に代々住む人は皆、知ってる。」
目が覚めた。私は呪いを受け継いでいる。残された時間は少ない。

続く