[継呪の老婆]

東京の自宅に戻る上りの新幹線の中で、私は、昨晩から今日にかけての
出来事を思い返し、憂鬱になっていた。ハンドバッグから、ベッコウの髪留を
取り出し暫く見つめていると、涙が溢れ止まらなくなった。
幼馴染で親友でもあったトモに最後のお別れをするために、とある海沿いの
小さな温泉町に行っていた。私にとってもその町は故郷だ。髪留めをくれた、
トモのお母さんの言葉を思い出した。

「トモちゃんとずっと仲良くしてくれてありがとう。あの子は、サトちゃんが
いるから、仕事は大変だけど東京の生活にも耐えられるって、いつも・・・」
トモのお母さんは、涙でそれ以上言葉を続けることができなかった。
最後に、この髪留を差し出して、私に告げた。
「お友達には、あの子の遺品をあげているの。これは、あの子が最後の日に
身に着けていたもの。是非、サトちゃんに持っていて欲しいから・・・。」

 ふと、最後にトモと会った晩の光景が浮かんだ。深刻な顔で、彼女が、
泣きながら私にしがみついていた・・・。翌日、彼女は遺体で見つかった。
 トモの死には謎が多い。自室で発見された彼女の遺体は、体中の水分を失い、
まるで何年も太陽に照らされていたかの様に、衰弱し、干からびていた。
 窓の外は、いつの間にか雷雨になっている。暗闇に一筋の稲妻が走った。

 トモは、亡くなる1ヶ月前に帰省していた。彼女は小学校の時に温泉町に
引っ越してきたが、すぐに彼女の父親が他界した。トモの母と父の実家とは
折り合いが会わず、父親の遺骨は分納されたと聞かされたことがある。
私は、そのとき父親の墓参りに行ったというトモの話しを思い出した。

「お父さんのお墓にいってね、お父さんに仕事とか恋人のことを報告したわ。
で、不意に気が付いたの。墓石をはさんで向こう側に、婆さんがみえたの。
お盆で他にも人はいたけれど、気になったのは、その婆さんが私の方を
じぃっと見つめてた事よ。」私の部屋に休息に来たトモは、小さな巾着袋を
取り出しながら、話を続ける。「私と目が会うと、すぐにかがんで、お墓の
前で、ブツブツと呟いていたわ。」トモは袋の紐を解き、中をまさぐる。

「恐怖雑誌の編集なんてやってるからかしら。職業柄ね、ピンときたのよ。」
得意げに言った彼女は、沢山の白い破片とアン肝の干物のようなものを、
袋から取り出し、机に広げた。「私は婆さんに話かけたの。綺麗な髪留めを
手で押さえ、婆さん、ブツブツ言いながら私の顔を見上げたわ。どこかで
見た顔だと思ったら、クラの婆さん。知ってるでしょ?三つ上のクラタよ。
彼のお通夜で会ったわ。」トモが語る。私が怪訝な顔で、机の上の物に手を
触れようとするが、彼女は私の手を掴み、話を続けた。「挨拶をしてお別れ
しけど、何か引っかかったのよね。私の名刺を渡しておいたわ。」
窓を眺め、私は一息つく。気が付けば外は雨になっていた

 新幹線の車窓に雨が滴る。私は静かに目を閉じた。死の前日、必死で私に
すがりついたトモは、耳元で何かを囁いた。彼女の手を握り、頷く私・・。
「分かってたよ。トモ。・・・」私は、再び一ヶ月前のトモの話を思い返した。

トモは興奮していた。「その日の夜遅く私の家に来たのよ。あの婆さんが!
私、思わず「ビンゴ!!」って叫んじゃったわ。」タバコを取出し火をつけて、
「婆さんは暫く黙っていたけど、意を決し、私に語り始めたの。」トモは続けた。
トモによれば、老婆の話は次のようなものだった。老婆は、トモを心霊等の
専門家と思って訪ねてきた。有名な霊能者を紹介して欲しいと、頼みに来た。
「わしの一族は、代々この呪いを受け継いできたんよ。」老婆は言った。「けんど、
一族の者は皆死に絶え、もう引継先がないんよ。呪いを引き継ぐのが私んトコの
使命だんべの、途方にくれとったんよ。」老婆は、小さな巾着袋を取り出した。

「もう何日も残っとらんのよ!わしの、すぐ近くまで来とる!」取り乱す老婆を
トモは落ち着かせ、詳しく話を聞きたいと申し出た。老婆は、呪の内容について
語り始めた。「明治時代の初めだったんよ。この集落の浜辺に大きな黒い二枚貝が
流れついての、漁師共がすぐに貝を開いたんよ。食おうと思ったんかの・・・。」
老婆は、お茶をすすって一息ついた。トモには、海の音が異様にはっきり聞こえた
そうだ。まるで、家が海の上を漂っているかのように・・・。

続く