[お札の家]
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Sは声帯を損傷しているとのコトだった。ただ滅茶苦茶に叫んだ程度ではそうならないという訳で事情を聞かれたが、俺は答えることができなかった。


翌日から別の病院に入院し、俺は毎日の様に見舞いに行ったが、声帯治療のためSは話せなかった。紙に文字を書いての会話となったが、むなしく、そして悲しくてあまり多くの会話はできなかった。
もちろんあの夜の事など聞けない。

しばらくそんな感じで過ぎて行き、もうじき退院というある日、見舞いに行くとSがいなかった。
聞けば「昨日退院した」ということらしかった。

「連絡ぐらいよこせよ。」と思いつつ、Sに退院おめでとうのメールを送った。
ポストマスターからメールが返ってきた。
Sはメアドを変えていた。嫌な予感がしてあわてて電話するが、番号自体変えていた。

とにかく大学にくるのを待つしかないと思ったが、Sは来ない。嫌な予感は的中した。S大学を辞めていた。総務課で実家の番号を調べて欲しいと頼んだが、辞めた生徒の電話番号を勝手に教えることは出来ないとのコト。
完全に連絡をとる手段が途絶えた。

その後約2年間、俺が大学在学中はSに会うことはなかった。

〜後日談〜「言霊」
最近、Sと再会したキッカケは同じサークル内の後輩が、Sと同じ地元だとわかってからだった。
後輩に無理言って、先々週の土日を使ってSの地元に案内してもらった。
中学まで良くSと遊んだというその後輩はSの自宅も知っており、少々強引かと思ったが前々からSが気になってしょうがない俺はSの自宅を訪れた。

朗らかな感じで背の低い、活発そうなSの母親が出てきた。事情を説明すると驚いていたが、すぐにSを呼んでくれた。
玄関にSが出てきた。髪を坊主にしていた。
突然の訪問に目を丸くしていたが、「よぉ…」と苦笑いしながら罰の悪そうな声を出した。
本当に久しぶりにSの元気そうな姿を見て俺は泣きそうになった。


部屋に上げてもらい、色々と話しを聞くコトにした。妙に緊張してよそよそしい会話だったが、Sは次の様に答えてくれた。
(以下、長い話しなのでポイント毎に要約して書いていきます。)

@あの夜何が起こったか

爆睡する自分の横でひたすら眠れなかったS。眠れなかったというかSは敢えて眠らなかった。朝まで絶対に気を緩めまいと固く心に誓ったらしい。
そして深夜、寒くなったSは布団を取りに押し入れを開けた。
そこにあの女がいた。
Sがリアクションを取る間も無く、その女はSに重なった。
そこからの意識は飛び飛びだったという。気づくと便器に向けて「ウゲェー!ゲェー!」吐いていて、「本能的に異物を吐き出そうとしたんかな?」と語っていた。
しかし出てくるのは血ばかり、「自分はここで死ぬかもしれない」と覚悟したらしい。もう「吐こう」という意識とは関係なく、口から血が溢れてくる。俺が背中叩いたり名前を呼び続けたのも覚えていないそうだ。

A何故突然退院したのか、連絡手段を途絶えさせたのか

病院の医師曰く「畑違い」とのコトらしかった。声帯はほぼ完全に治っており、尚も声が出ないのはSの意識問題、精神面での傷。つまり、ウチの管轄外ですよ。と宣告されたそうだ。
Sの母親はクリニックに通いつつの学業復帰を薦めたが、Sは退院後、大学を辞めて実家に帰ると訴えた。何と言われようが絶対に折れなかったらしい。
その後両親に迎えに来てもらい、Sは実家に帰った。「半分狂いかけとったなw、でもどうしても病院やクリニックで何とかなるとは思われんかった」
女は毎日夢に出てきた、以前には無かった夢遊病の癖もついていたそうだ。
状況が酷くなる前に神社か寺で祓ってもらい、田舎で静かに暮らそうと考えていたらしい。
連絡手段を途絶えさせたのには、ただ「心配させたくなかった」とだけ答えたが、俺はSが全てを忘れたかったんじゃないか、と考えている。

続く