[和解]
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ストーカー規制法がまだなかった頃、警察は「事件」が起こらなければ全くと言っていい程、この手の問題では動かなかった。
俺の仕事は大繁盛だった。
面白いのは、夜の女たちには「霊感」の持ち主が多い事だった。
勿論、ただの自称霊感持ちの「カマッテちゃん」も多かった。
しかし、水商売でも風俗でも、目立って多くの客を惹き付ける女、太客を何人も掴んでいる女には「本物」も多いのだ。
「きょうこママ」もそんな女・・・いや、オカマの一人だった。
ママは見た目で判るオカマだったが、非常に豪快で魅力的な人物だった。
霊感?の持ち主で、凡そママには隠し事は出来なかった。
その勘の鋭さは、盗聴や尾行でも付けているのでは?と勘繰りたくなるほどだった。
そんなママは、ゲイバーやニューハーフ・パブを3軒ほど経営しており、その何れもが繁盛していた。
売れっ子ニューハーフの子達は性転換済みの子でも、男のマインドを残している子が多い。
逆に、ごく稀に居る本物の女の心を持った子(性同一性障害?)は、殆どの場合、夜の仕事は続かないらしい。
客のニーズに合わなくなって厳しくなる面もあるが、彼女達の心は、普通の女よりもナイーブで傷つき易いのだ。
ニューハーフの子達、特に売れっ子達は接客業のプロとして理想の女を演じているのだが、勘違いする客は「女」の場合よりも多い。
そして、ストーカー男は、彼女達を「女」より一段低く見て、その行動は悪質かつ卑劣にエスカレートしやすいのだ。
以前にも、ママの店の子をガードした事はあった。
しかし今回は少し違っていた。
ガードの対象は以前ママの店で働いていた事のある、今は昼間の仕事に就いている「女」だった。
それがアリサだった。

ママは俺に「あなたの悩みも解決するかもしれないから、他の仕事をキャンセルしてでも請けなさい」と言った。
初めから断るつもりはなかった。
ビジネスで成功しているママだが、ママは決して銭金の為だけに店をやっているのではない。
店の子や、彼女達と同じ悩みを持つ行き場のない子達の居場所を作るという、利他的な動機も大きいというのが周りの一致した見方だ。
強かな商売人だが、大きな「徳」を持ち合わせた人物なのだ。
俺はママの仕事を請け負った。

俺はママに指定されたある事務所を訪れた。
事務所に入り、そこに居た一人の女性に声を掛けた。
「済みません。橋本さんの紹介で伺った**と申します。星野さんはいらっしゃいますか?」
「私が星野です。少々お待ちいただけますか?」・・・彼女がアリサだった。
俺は応接室に通され、そこで出された珈琲を飲みながら待った。
・・・「彼女」が対象者か・・・少し俺は驚いていた。
ママから「凄く綺麗な子よ」と言われていたが予想以上だった。
透き通るような白い肌をした、ハーフっぽい文句なしの美女だった・・・

20分程でアリサが応接室に現われた。
どうやら仕事を切り上げて、事務所を閉めたようだ。
アリサが席に着くと、俺は詳しい事情を尋ねた。
アリサは言い難いであろうことも俺に包み隠さずに話した。
きょうこママへの信頼がそうさせるのだろう。
打ち合わせが終った時にはかなり遅い時間となっていた。
席を立とうとした俺にアリサは言った。
「**さんは信用できる方だと思います。最初、お目にかかった時からそれは判りました。
でも、失礼だとは思いますが、貴方が抱えている問題は私よりも辛くて大変だと思いますが・・・
お願いして大丈夫ですか?
ママに私から話して、他の大丈夫な方にお願いしても良いですよ?」
・・・この女、俺が魍魎に纏わり付かれていることが判るのか・・・
それに、この女も何かに纏わり付かれている感じがする・・・そのことも言っているのか?
「いや、大丈夫。是非請け負わせてください。
ママもこの仕事は私の為になると言っていました。
私も貴女を見てそう感じた。やります。任せて下さい」
その日から、俺はアリサのガードを始めた。

続く