[帰省]
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挨拶も適当に、伯父さんはまっすぐ私の部屋にきて、
将棋をやろうと小脇に抱えていた将棋盤を広げました。
断る雰囲気でもなく、良いよ、と言って将棋をはじめました。
すると、当時私は小学校の高学年でしたが、
あっさりと伯父さんに勝ってしまったのです。
それで終わればよかったのですが、小学生の私は何を思ったのか、
おそらく幼かった所為でしょう、あまりに伯父さんが弱かったので、
伯父さんのことを馬鹿にして笑ってしまったのです。
具体的に何を言ったのかは覚えていません。
みるみる目の前の伯父さんの顔色が変わっていき、
ウーと唸りながらすっと立ち上がったかと思うと、
どこかへと走りだして行ってしまいました。

伯父さんの尋常ではない様子に怖くなった私は両親がいる部屋まで行き、
様子を伺っていました。どうやら伯父さんは納屋のほうに行ったようで、
がたがたと物音がした後、庭先から玄関のほうへと伯父さんが駆け抜けていくのがわかりました。
恐る恐る玄関のほうを見ると、伯父さんは農耕機用のガソリンが入った一斗缶を
家の前のアスファルトの道路の上にばら撒いているのです。
そこへ火を放って、興奮してなにか叫んでいると、
私の父が駆けつけて「おまえなにやってるんだ」
そう言いながらボコボコに伯父さんを殴りつけていました。
それ以来、少なくとも私が実家にいる間、伯父さんが本家へやってくることはなくなりました。

電車の中でそういった昔の記憶を思い出しながら、
彼女と話しているうちに実家のある駅に着きました。
開発から取り残されたようで、まったく昔と変わりない風景が広がっています。
駅から一歩一歩実家に近づいていくと共に、
私の中で何か懐かしさ以外の感情が生まれるのがわかりました。
口の中が乾いて、鼓動も早くなっていくのです。
身体が拒否反応を示しているかのようで、
私は漠然とした恐怖をこの時点で感じました。
しかし、久しぶりの実家で緊張しているだけだと自分に言い聞かせ、
彼女の手を引いて足を速めました。
このとき彼女の手もなぜか汗でびっしょりと濡れていました。
家の門を前にして、
それまでの漠然とした恐怖がまったくのリアルなものへと変わりました。

続く