[帰省]
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早くに亡くなった祖父は、名と家を守るために私に本家を継がせるよう言っていたようですが、
祖父の死後、家云々の話は誰も言わなくなりました。
それどころか、父は私を家から離したがっているようにも思えるのです。
私は中学卒業を期に東京の高校へと入学させられました。
寮に入って高校に通い、そのまま大学も東京の学校に入りました。
その間一度も実家には帰りませんでした。
なにかあると必ず両親が東京にきて、用を済ませたのです。
大学卒業後、私はそれほど名の知れていない電気製品のメーカに就職しました。
それからも、盆にも正月にも帰省することなくあっという間に五年の月日が経ちました。
私が実家に帰ろうかと、電話で告げると、そのたびに父が、
「いや、帰ってこなくて良い、おまえは自分のことをしっかりやっておけば良い」と言うのです。
変に思いながらも、私自身東京での生活が忙しく、
父の言葉に甘えて十年近く実家に帰らぬままになっていました。

それがなぜ、突然去年の夏帰省することになったかというと、
二年ほど付き合っていた彼女が、そろそろちゃんと両親に会って、
挨拶をしておきたいと言ったのです。
私のほうはすでに彼女の両親に会って、
真剣にお嬢さんと付き合いをさせてもらっていると、挨拶を済ませていました。
彼女との結婚も考えていた私は、この際良い機会だし、
いろいろ具体的な話が進む前に両親に紹介しておくのが筋だと思い、
彼女をつれて実家に帰ることを決めました。
電話で父にその旨を告げると、
明らかに戸惑いを感じる口調ながらも分かったと言ってくれました。
会社が盆休みに入るとすぐに、私は彼女と共に実家へ向かいまし

電車に乗っている間、彼女は私にいろいろなことを尋ねてきました。
実家がどんなところにあるのか、私の家族についてなど、
私は彼女の質問に答えていくうちに、ずっと昔に忘れていた、
実家で暮らしていた記憶がぼんやりとながら蘇ってくるのを感じました。
そしてそれは電車の揺れと呼応するように私の中で揺らいでいるようで、
何かあまり心地の良い感覚ではありませんでした。

私が実家に住んでいたときの思い出で、ひとつこんなことがあります。
今はもう亡くなっているのですが、
父の兄で長男の、つまり私にとって伯父にあたる人のことです。
伯父さんは成人する前から分家にやられ、
あまり本家のほうには顔を出さなかったのですが、
ある日なにか機嫌の良さそうな様子でふらりと本家にやってきました。
続く