[抽象画]
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「ここ、私の作品を置いてる物置」
たしかに見覚えのある作風の絵が所狭しと並んでいる。
夜、こんな風にわずかな明かりの中で見ると言い様のない不気味な
雰囲気だった。
「前から気になってんだけど、どうしてこういう1ヵ所だけデカイ人を
 書くの?」
今までなんとなく聞けなかったことを勢いで聞いてしまった。
彼女は右目が異様に大きい人物画を懐中電灯で照らしながら答えた。
「私ね、子供の時家族で南の島に行ったの。ポリネシアのほう。
 そこでこんな民話を聞いたの。
 むかし人間が今よりもっと大きくて尊大だった時、その行ないに
 怒った精霊が呪いをかけて人間たちの体を小さくしてしまった。
 ただし、情けをかけて体の一部だけはもとのまま残してくれた。
 でも人間たちは大きい手や耳、鼻やへそをやがてうとましく思うようになった。
 そして精霊にお願いしたのよ。
 どうか残りの体も小さくして下さいって」

思わずまじまじと絵をみつめた。
「つまりね、これは小さくなってしまった巨人なのよ。
 彼はこの大きな右目だけで真実の世界を見ている。
 でもそれは今の世界を生きるにはむしろ邪魔だったのね。
 人間はそうして愚かで矮小な生き物になることを自ら選んだと、
 そういうお話だった。
 すごく面白いモチーフだと思ったから・・・・・・」

そういう彼女の顔にはかすかな翳りがあった。
「私ね。信じられないかもしれないけど、本当に見たのよ。
 その島の至るところで、この絵みたいな人。
 見えていたのは私だけだった。
 日本に帰ってからも見た。周りにいるの。
 見えなくなっちゃえって思った。 
 でもそうはならなかった。
 ゲゲゲの鬼太郎って知ってる?
 それに出てくるの。目に見えないお化けを退治する方法。
 とり憑かれた人に質問をしながら、石に描いた点線を結ぶと
 お化けの正体が現れてその石に閉じ込めることができるって話。
 小学生の時それを読んで、描いた。
 こんな絵」

「そしたら見えなくなった。体の一部が大きい人。
 でもそれから不思議なものをたくさん見るようになったわ。
 え?言っても信じないよ。
 とにかく私はそんなもの見たくなかった。
 ね、あの民話みたいでしょ。
 普通の生活がしたいから、真実かもしれないものを捨てるの。
 そうして見たものをもう絵には描かなくなった。
 ただ見ないふりをするだけ。 
 まだこんな絵を描きつづけているのは単純に、本当に面白いモチ
 ーフだと思ったから」

確かに絵に描かれた体の一部が大きい人は白人や日本人ばかりだった。
「バカバカしい話だと思う?」
彼女はいつもの困ったような顔をしていた。
信じられない話だ。
荒唐無稽ともいえる。
しかし彼女の話の途中から見てしまっていたのだ。
彼女の背後に並ぶ棚の、一番奥まったところにある絵を。
それは夢に出てくるあの袋の絵だった。


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