[抽象画]
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やがてわずかに開いている袋の口の陰を、負の期待感とでもいう
ものでじっと見つめてしまうのだ。
ああ、はやく。はやく夢から覚めないと。
逃げ場はたったひとつしかない。
その部屋はいつも夕日が照っている。
それが翳り始めると、袋の口が開いていくような気がして。

そんな夢だ。
目覚めて、もうあの部屋には行きたくないと思う。
しかしどんな楽しい夢でも、ドアを開けるとあの部屋に繋がってしまう
ことがある。
そして降り返るとドアはないのだ。

その夢が、頻度は減っていったが大学に入るまで続いた。
よくよく考えるがあの袋に見覚えはない。
畳敷きのあの部屋も、今はアパートごと取り壊されているはずだ。
脈絡が無く、意味がわからない。
だからこそ怖く、両親にも誰にもこのことを話したことはなかった。

それが彼女とつきあいはじめてから何故か一度も見なくなった。
ホッとする反面、長く続いたしゃっくりが止った時のような気持ち
悪さもあった。
彼女にこのことを話してみようかと思っていた頃、彼女に
「夜、特別美術棟に忍び込んでみない?」と誘われた。
美術棟は夜は戸締りされ、入れなくなるのだが学生たちは独自に侵入路
を持っていてこっそり夜の会合を開いたりしているらしい。
面白そうなのでさっそくついて行った。

深夜明かり一つ無い棟の前に立つと彼女は、スルスルと壁をよじ登って
窓のひとつに消えて行った。
やがてガチャリと音がして裏口が開いた。
美術棟自体はじめて入ったのだが、中は想像以上に色々なものが煩雑に
転がっていて思わず「きったねえなあ」と言ってしまった。
持ってきた懐中電灯で照らしながら、書きかけの絵やら木工品やら学生たち
の創作物の中をかき分ける様に廊下を進み、3階の一つの部屋に入った。

続く