[怪物 「起」承転結]
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でも航路ではなかったはず。なにより飛行機にあんな石なんて積んだりするものだ
ろうか。ましてそれを落っことすなんて。飛行機雲も残っていなかったし。
「……」
集中しすぎて行き過ぎてしまったのでバックする。
その目立たない文房具屋には、何故か鋏がなかった。店のオバサンに聞くと「売り
切れ」とのこと。
「眉毛切る細いのならあるよ」という申し出を丁重に断り、店を出る。
近くにあったもう一つの小さな文房具屋でも鋏は置いてなかった。というか、他の
客もいなければ、店員もいなかった。何か万引きでもしてやろうかと思った後、や
っぱりやめておくことにする。
そんなに差し迫って欲しかったつもりもないが、鋏ごときが手に入らないとなると
なんだかムカついてくる。
ちょっと遠いがデパートまで足を伸ばすことにした。
幸いにしてそろそろ学校も昼休みになる時間だ。お節介な人に見つかっても言い訳
のしようがある。
大通りを抜けてデパートに着くと、さっそく雑貨のコーナーに向かう。
思ったより数が少なくてあまり選べなかったが、中でも大きめの使いやすそうなも
のを購入した。
何か食べて行こうかと思いながら、通りがかったフロア内の本屋に寄り道する。特
に探している本があったわけではなかったが、適当に巡回しているとその背表紙を
見た瞬間に思わず棚から抜き出して手に取った。
『世界の怪奇現象ファイル』
晴れた日に空から不思議なものが降ってくるという現象はどこかで聞いたことがあ
った。パラパラと頁をめくっていると、こんなタイトルの章があった。
≪空からの落下物≫
その話題に思ったより頁を割いていて、ボリュームがある。本をひっくり返して値
段を確認した後レジに向かった。
昼ご飯は抜くことになった。
その日の夜、晩御飯を食べながら夕刊を読んでいると母親に小言を言われた。
「まるでお父さんね」
大半は聞き流したが、この一言が一番効いた。いつもは食べながら新聞を読むなん
てことはしないのだけれど、今日はどうしても気になることがあったのだ。なのに
この言われようはなんだ。「こんどお父さんが食べながら読んでたら、まるでちひ
ろねって言ってあげれば」と反撃したが、3倍くらいにして言い返されたので、も
う黙る。
『真昼の椿事? 石の雨』
他のローカル記事に埋もれていたが、そんな小見出しをようやく見つけた。
午前中のことだったから、やはり夕刊に間に合ったらしい。それは短い記事だった
があの路地に降った石の雨のことを取り上げていた。
軽傷者4名。被害にあった建物は13棟。
救急車に乗った人も大した怪我ではなかったらしい。
目撃者の談話が載っていた。
〔バリバリという大きな音のあと、急に空から石がバラバラと降って来た。最初は
雹かと思った〕
音か。
私が聞いた気がしたのは、その音だったのだろうか。
〔住民も首を捻っている〕
そんな言葉でその記事は締めくくられ、結局石の雨の正体はわからないままだ。
「ごちそうさま」
と言って席を立つ。残した料理のことについて母親に小言を言われることは目に見
えていたので早足でダイニングを出ると、背中を追いかけてくる言葉を無視して2
階の自分の部屋に逃げ込む。
ドアを後ろ手で閉めるとテーブルの上に置いたままの紙袋を手にとって、『世界の
怪奇現象ファイル』を取り出し、ゴロンと絨毯に寝転んだ。つけておいた折り目を
目印に、目当ての頁をすぐに探し当てる。
≪空からの落下物≫の章にはこうある。
「にわかには信じられない話だが、この世には空から雨以外の奇妙なものが降って
く来るという現象がある。それは魚介類やカエル、氷や石、それに肉や血や金属
や穀物、そして紙幣など実に多種多様なものだ。それらは紀元前の昔より世界中
で多くの人に目撃されており、この現象に興味を持った超常現象研究家チャール
ズ・フォートにより『ファフロツキーズ(FAllS FROM THE
SKIES)』と命名され
た……」
そんな説明に続いて、具体的な事例があがっている。
カエルや魚が降ったというケースが多いようだ。
1954年イギリス、バーミンガムのサトンパークでは海軍のセレモニーの最中、
雨とともに何百匹、何千匹というカエルが空から降って来て見物人たちの傘にぶつ
かり、地面に落ちたあともピョンピョンと飛び跳ねていたという。
1922年フランスのシャロン=シュル=ソーヌでは、二日間にも渡ってカエルの
雨が降り続いたと当時の新聞が伝えている。
近年の例では1989年オーストラリアのクィーンズランド州で民家の庭に100
0匹のイワシが降ったとされる。
私はそんな膨大な事例の中から、石が降ったという記録を探し出していった。
1968年宮崎県の迫町で、ある薬局に小石に雨が降り、それが誰の悪戯とも判明
しないまま半年間も続いたという事例。