[怪物 「起」承転結]
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そして1820年イギリスのサウスウッドフォードでは、ある家に石の雨が降り、
通報によって警察官が配置される事態になったが、結局その石がどこからやって来
るのか分からなかったという事例。
1922年カリフォルニア州チコの町の片隅に降った石の雨は、その現象が数ヶ月
にも及んだが大学の調査チームにもその正体が分からなかった。
まだまだあったが、どれにも共通しているのは石の雨が広範囲に渡って降ったとい
うわけではなく、むしろ極めて狭い範囲に集中してたということだろう。
1820年小石川の高坂鍋五郎の屋敷だとか、1600年代ニュー・ハンプシャー
のジョージ・ウォルトンの屋敷だとかという記録を見ると、実にその個人に対して
石の雨という攻撃が行われているような感想を覚える。
まるでその家の持ち主に恨みを持つ人間の仕業であるかのような気がする。
石がどこから来るのか分からないと言っても、誰かが見張っている時にはその悪戯
を決行しなければいいだけの話だ。そして監視がない時を見計らって、物陰から投
石をする。
その場に居合わせない人間が考えると単純な構造に思えるけれど、実際はどうなの
だろうか。
その『世界の怪奇現象ファイル』には、このファフロツキーズ現象についてのいく
つかの仮説が紹介されていた。
チャールズ・フォートは地上からのテレポーテーションによって移動した魚やカエ
ルなどが大気圏中のある空間に蓄えられ、それが時に奇怪な雨となって地上に降り
注ぐのだと考えた。
他にもプラズマや空中携挙といった荒唐無稽な説もあったが、現実的に思えたのは
飛行機からの落下説と竜巻説だった。

飛行機説はほとんどの落下物を説明しうる可能性を持っているが、個々の事例にお
いてその飛行機の目撃が否定されるケースが多く、魚介類の落下など時代的に飛行
機の登場の前後にあってもその出現パターンが変わらないように見える事例を解釈
し辛い。また、同じ場所に長期間に渡ってその現象が続くケースの説明にはならな
い。
竜巻説は地上の物体を空中に巻き上げて移動させ、別の場所に落下させるという現
実に観測されるありふれた自然現象なのでもっとも有力な説にも思える。しかしカ
エルばかりだとか、ニシンばかりだとか、トウモロコシばかりだとか、1種類の動
植物のみが落下することの説明となると苦しい。竜巻がそんなものを選り分けてい
るのならともかく、地上にあっては他の動植物や石や砂を同時に巻き上げているは
ずだし、海や川にあっては水と一緒に水中の生物を種別に関わりなく吸い上げてい
るはずだからだ。空中に上ったあとで、その空気抵抗に応じた落下のタイミングが
それぞれ同じ種別を自然と振り分けるのではないかというもっともらしい解釈もあ
るが、やはり同じ場所に降り続けるケースの説明が出来ないし、周囲数百キロ圏内
にその動植物が存在しないというケースも多々あるのだ。
そんな解説をつらつらと読んでいて、思った。
個々のケースを同じ現象で説明しようとするからややこしいんじゃないかと。
これは竜巻、これは飛行機、これはイタズラ、そしてこれは嘘。
そんな風に分けて考えれば、案外シンプルなんじゃないか。
立ち上がり、壁に掛けたスカートのポケットを探る。
そして昼間にあの路地で拾った石を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは、なんだろうな」
そう呟いて指でつつくと、それはコトンと音を立てて傾いた。
『世界の怪奇現象ファイル』を本棚に仕舞い、読み疲れた目頭を手の平の腹で抑え
ながらベッドに横になる。

その夜、私は母親を殺す夢を見た。


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Part194
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