[黒い影]
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その日は3限目以降、休み時間になる度、Tの話題で持ちきりだった。
私は一人、授業中も休み時間も、ある実験をしていた。
『黒い影』を好きに出せるかを試していた。
が、やはり本当に怒りを感じた瞬間にしか出ないのか,全く見えない。
過去の事を思い出しても、全くダメなようだ。
とりあえず、今日から家に帰って色々試してみよう…
と、ウキウキした気分だった。
俺を今まで散々イヂメて来た奴等、倍以上にして怨みを晴らしてやる・・・
そんな思いを抱きながら下校した。
家に着き、自室で色々と試した。
イヂメられた事を思い出したり、大声を出して怒ってみたり・・
しかし、やはり『黒い影』は見えない。
「おい!いないの?出てきてよ!」と呼び掛けもしたが、やはりダメだ。
私はベッドに仰向けに寝て、昨日のAの事、きょうのTの事を思い出した。
「クックック…」自然と笑ってしまった。あいつらの苦悶の表情…実に愉快。
次は誰を痛め付けるか…
私はニヤけながら目を閉じた…
寝たわけではない。意識はある。横になり、目を閉じただけ。
目を閉じた瞼の裏に『黒い影』が見える。
慌てて目を開けた。
そこには何もない。普通に天井が見える。
もう一度目を閉じた。力が入り、ギュッと強く閉じた。
やはり『黒い影』がいる。
言葉では表現しにくいのだが、目を閉じたら普通は瞼で視界がさえぎられ、何も見えない(暗くなる)はずだが。
目を閉じた真っ暗な瞼の裏に(真っ暗な中に)まばたきしている眼球が2つ見えるのだ。
何度も試した。目を開ければ何もない。普通に自室の景色。日常の空間。
しかし目をギュッと閉じれば、一面の黒い闇の中に眼球が2つ見えるのだ。
かなりリアルに、しかもその眼球はまばたきも普通にしていて、私をじっと見つめている。
何故か私にはその眼球が『黒い影』だと思えた。
私は目をギュッと閉じたまま、その眼球に、心の中で話しかけた。
「あなたは影?」
「今日はアリガとな。」
しかし、その眼球はまばたきをしてるだけ。何のリアクションもなく、ただただ、こちらをじーっと見ているだけだった。
ギュッっと目を閉じるのに疲れて目を開けた。
やはり夢でも何でもない。現実に、目を閉じれば『黒い影』がいる。
『黒い影』を見たい!という強い気持ちが、私の中にそれを宿したのか、
それとも、イヂメられっこの私を助ける為に、あちらから私に宿ったのか…
その時は、そんなことはどうでも良かった。私は唯一仲間、最強の友達が出来た!程度にしか考えてなかった。
この頃からか、私の精神は少しずつ病んでいった・・
その日を境に、私は少しずつ変わりつつあった。
次の日、いつものように通学中にクラスメイトBが背後から頭を「パンッ!」と平手打ちし、笑いながら走って行った。
私は瞬時にBを追い掛け、飛び蹴りをした。Bは不様に地面にこけた。
私は間髪いれずにBに馬乗りになり、両手でBの髪を掴み、何度か地面に叩きつけた。狂ったように。
そこでフッと我に返った。Bは泣きわめいていた。
私はキレたのか?
いや、自分自身がした事は当たり前だが判っている。しかし、何かしら客観的な感覚だった。
回りを見ると他の生徒の視線が集中していた。
私は慌てて立ち上がり、学校へ走った。
少し足が震えているのが自分でもわかった。
学校へ着き、席に着いた。私より後に入ってくる奴等がジロジロ私を見てくる。
恐らく私の先ほどの喧嘩の噂がすでに広まっているのであろう。
私は『どうしよう、ぜったいにイヂメがエスカレートする』と思い、心臓がドキドキしだした。
机に顔を伏せ、目をギュッと閉じた。
『黒い影』の眼球はまばたきしていた。
私は心の中でその眼球に『どうしよう、仕返しされるよ、助けて!』と言った。
もちろん、その『眼球』は何も言わない。ただただ、瞬きしながら私を見ているだけだった。