[黒い影]
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クラスメイトがクスクスと笑っている。
教師に至っては「ナイスプレイ!」などと、バカげた事をホザきやがる。
こいつらはクズだ。
狂ってやがる。
私はゆっくり立ち上がり再び、その場に立ち尽くした。

しばらくして再び私の元にボールが転がってくる。
我先にとばかりに皆が目の色を変え、私目掛けて全力で走ってくる。
今度はTが思い切り私のミゾオチ辺りに肘打ちを入れてきた。
私は呼吸困難になり、その場にうずくまる。
馬鹿教師は「早く立て!取り返せ!ボールはまだ生きてるぞ!」と。どこを見てやがるんだ。

私がなかなか起き上がれない様子を見て、さらに教師は「ボーッと突っ立ってるからだろ!早く立て!」と叫ぶ。
その時、私の側でBが
「一生寝てろよ、クズ虫」と小声で言ってきた。

私はクソッと思い、Bに視線をやった。
そこには『黒い影』がいた。

私は『黒い影』をじっと 見た。Bの背後にうっすらと見える。
Bが再び私に小声で「見てくんなよ!次は顔面に蹴り!」と。
私は何を、と思いBを睨んだ。すると、先までうっすらしていた『黒い影』が濃くなりだした。
私はしばらくBの背後の『黒い影』を見入っていた。その時、『ドン!』と体に衝撃が走り、私は顔面から転がった。
「邪魔だ!蛆!」
見上げると半笑いのTがいた。
教師は「だから言ってるだろ!ボールから目を離すな!」

私は顎から頬にかけて擦りむいた。腕で拭くと、うっすら血が付いた。
それを見たTが「うわっ、汚ねーっ!死ね!」と言ってきた。
私はTの足元にあるボールをガムシャラに奪いに行った。
すかさず、皆が集まってき、ボールの奪い合いをするふりをして、ガツガツ私の足を蹴ってくる。
止めにTが教師から見えない角度で私の太股にヒザゲリを入れた。

私は激痛に耐えられず、足を抱え、倒れた。
追い討ちをかけるようにTが私の顔に唾を吐いた。
回りの皆はクスクス笑い、そのまま私を放置で試合続行。
私は
『なんで俺だけこんな目に・・』
と歯をくいしばり、Tの後ろ姿を睨んだ。するとB同様、Tの背後に『黒い影』が現れ、みるみる間に濃くなり、人の形になり、やがてその人の形はTの両肩に腕を絡めているように見えてきた。

Tの側にいたBの影は消えていた。

私はボールの動きに注意しつつ、『黒い影』に抱きつかれたTを見ていた。

その時、

誰かが蹴り放ったシュートボールがTの顔面に直撃!
Tは「グァ!」っと顔面を両手で覆い倒れ込んだ。

皆がTに駆け寄った。
誰かが「うわっ!」と声を上げた。
私は少し離れた所から覗き込むと、Tが両手で顔面を覆っているが、その両手の指の隙間からおびただしい量の血が流れていた。

教師が駆け寄り「見せてみろ!」と、Tの手を強引に引き剥がした。
Tを見て、皆が一瞬静まりかえった。
それは異常な血の量にではなく、鼻が異様に曲がっていたからだ。
依然としてTは「ウガァ!」と奇声を出し、涙と血をボロボロ溢していた。

その時、Tの背後には『黒い影』は見えなかった。
先生は慌ててTを担ぎ上げ、保健室へ走り出した。
皆は
「あれはやばいだろ?」
「鼻がおかしくなかった?」
など、青ざめていた。

そんな中、私は、Tの鼻の事ではなく、『黒い影』の事を考えていた。
昨日のAと同じ・・・
黒い影が見え、その後、その影が憑いていた人物は怪我をする…

それに自分が腹を立てた相手を見ると『黒い影』が現れる…

私は半信半疑ながら、一人興奮した。
これは凄い…
凄い力を私は手に入れた…
片っ端から私をイヂメた奴等に復讐が出来る…

これは神様が私に与えてくれた力なのか…

私は選ばれし人間なのか…

この日をきっかけに『私』は『私』でなくなった。


結局、Tは即、病院に搬送され、しばらく学校に来なくなる。鼻骨骨折だった。
続く