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[人形]
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みかっちさんはホットサンドを注文してから、さっそく本題に入る。
「あの絵の人形って、高校時代の友だちの持ち物なんだけど、なんか死んだおばあちゃ
んがくれた凄い古いヤツなんだって」
その友だちは礼子ちゃんといって今でも良く一緒に遊ぶ仲なのだそうだが、最近少し様
子がおかしかったと言う。
ある時彼女の家に遊びに行くと、「なんかわかんないけど江戸時代くらいの和服の女の
人が何人かいて、真ん中の人がその人形を抱いて座ってる写真」を見せられたそうで、
自分はその人形を抱いている女性の生まれ変わりなのだと言い出したらしい。聞き流
していると怒り出し、その人形が家にあると言ってどこからか引っ張り出してきて、
それを抱きしめながら「ねっ?」と言うのだ。写真の女性と似てるとも思えなかったし、
どう言っていいのかわからなかったが、そんな話自体は嫌いではないのでそういうこ
とにしてあげた。それにそんな古い写真と人形が共にまだ現存していたことに妙な感動
を覚えて、「絵に描きたい」と頼んだのだそうだ。
「その絵があれか」
師匠がなにごとか気づいたように片方の眉を上げる。なにかわかったのかと次の言葉
を待ったが、なにもなかった。
みかっちさんはコーヒーにシュガースティックを流し込みながら、珍しく強張った表情
を浮かべた。
「でね、それから何日か経って、あ、今から3週間くらい前なんだけど、その礼子ちゃ
んとか高校時代の友だち4人で温泉旅行したんだけど」
少し言葉を切る。その口元が微かに震えている。
「電車に乗ってさ、最初四人掛けの席が空いてなくて二人席にわたしと礼子ちゃんとで
座ってたんだ。ずっとおしゃべりしてたんだけど、1時間くらいしてからなんか、持
ってくるって言ってた本の話になってさ。礼子ちゃんがバッグをゴソゴソやってて、
あっ間違えた、って言うのよ。なに~? 別の本持って来ちゃったの? って聞い
たらさ」
唾を、飲み込んでから続ける。
「ズルッて、バッグからあの人形が出てきて、『本と間違えちゃった』って……」
俺はそれを聞いてさっきのギャラリーでは感じられなかった、鳥肌が立つような感覚
を覚えた。
「別に頭がおかしい子じゃないのよ。その旅行でもそれ以外は普通だったし。ただ、
なんなんだろ、あれ。人形って魂が宿るとかいうけど」
それに憑りつかれたような……
みかっちさんが続けなかった言葉の先を頭の中で補完しながら、俺は師匠を見た。
腕組みをして真剣に聞いているように見える。やがておもむろに口を開く。
「その人形を描いた絵が、さっきのグループ展での不思議な出来事の元凶ということか」
「だよね、どうかんがえても」
みかっちさんは、どうしよ、と呟いた。
「絵を処分しても解決したことにはならないな。勘だけど、その人形自体をなんとか
しないと、まずいことになりそうな気がする」
師匠は身を乗り出して、続けた。
「その子の家にはお邪魔できる?」
「うん。電話してみる」
みかっちさんは席を立った。
やがて戻って来ると、「今からでも来ていいって」と告げた。
そうして俺たちは3人でその女性、礼子さんの家に向かうことになったのだった。喫
茶店から出るとき、師匠は俺に耳打ちをした。
「面白くなってきたな」
俺は、少し胃が痛くなってきた。
みかっちさんの車に乗って、走ること15分あまり。街の中心からさほど離れていな
い住宅地に礼子さんの家はあった。2階建てで、広い庭のある結構大きな家だった。
チャイムを鳴らすと、ほどなくして黒い髪の女性が出てきて「あ、いらっしゃい」と
言った。
案内された客間に腰を据えると、用意されていたのか紅茶がすぐに出てきた。スコー
ンとかいうお菓子も添えられている。
「いま家族はみんな出てるから、くつろいでくださいね」
言葉遣いも上品だ。こういうのはあまり落ち着かない。
「大学のお友だちですって? ミカちゃんが男の人をつれてくるのは珍しいね」
俺たちはなにをしに来たことになっているのか、少し不安だったが、「ああ、写真ね。
今持ってくる」と言ってスカートを翻しながら部屋から出て行った様子に安堵する。
みかっちさんが小声で、「とりあえず、古い写真マニアっぽい設定になってるから」
やっぱり胃が痛くなった。
戻ってきた礼子さんは「死んだ祖母の形見なんです」と言いながら、木枠に納めら
れた写真をテーブルに置いた。
色あせた白黒の古い写真をイメージしていた俺は、首を傾げる。ガラスカバーの下に
あるそれは、妙に金属的で紙のようには見えなかったからだ。
しかしそこには着物姿の3人の女性が並んで映っている。モノクロームの写りのせいか、
年齢は良く分からないが若いようにも見えた。椅子に腰掛け、何故かみんな一様に目
を正面から逸らしている。そして真ん中の女性が膝元に抱く人形には、確かに見覚え
があった。あの絵の人形だ。
続く