[留学生と神社]
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歌が終わると、老婆たちは、わたし達のほうを振り向きました。
老婆達の顔をみて、一瞬ぎょっとしました。
彼女達の顔が真っ赤だったんです。朱色と言えば伝わりやすいでしょうか。

老婆たちは、不思議な化粧をしていました。
眉間のあたりから、眉の上を経由して、あごを通って顔全体を一周するように、
口紅のようなものを塗っていたのです。
最初は血か何かだと思い、かなり驚きました。

驚きのあまり、「こんにちはー」と声を上ずらせて挨拶すると、
老婆達は、さっきの神主と同じように聞き慣れないイントネーションで話しかけてきます。
最初に年齢を聞かれました。老婆たちの言葉は今となっては細かく思い出せません。
「何歳か?」という問いに、「23歳です」と答えると、
「まだ若いので、これ以上、石段を登るのは、バツをほうず(る?)」
と言われました。細かい言葉までは覚えてないのですが、
”バツをほうずる”というフレーズだけ頭に残っています。

老婆にそう言われ、石段の上へ目をやると、お堂がある場所(わたし達が居る場所)から
さらに長い距離、真っ直ぐ石段が続いており、突き当りには、大きな社があります。
社の前に、人影が見えますが、木が鬱蒼としてて薄暗くて良く見えません。

その時、スーザンが老婆達の前で、初めて言葉を発しました。
お堂の中を指差し、そこに祀られている、大豆のようなゴツゴツとした
石のような物体を指をさしながら、「これはなんですか?」と訊いたのです。

すると、老婆達が、「ギエー!」という大きな悲鳴を上げました。
「日本人じゃない!」
「バツをほうず!」

「今すぐ降りろ!」
「降りろ!降りろ!」
とまくし立て始めました。

スーザンは目が青いものの、黒髪で体格も小さいので、老婆達は。
スーザンがアメリカ人であることに、彼女が片言の日本語を発するまで
気づかなかったのでしょう。

上の大きな社へ目をやると、老婆達の悲鳴を聞いたからか、
先ほど見えた人影がこちらへ向かって降りてくるのが見えました。
動きは急いでいるようですが、足がわるいのかソロリ、ソロリと降りてきます。

わたしは怖くなり、スーザンの手を引いて、足早に石段を駆け下りました。
その時のスーザンの手は、酷く汗ばんでいて、冷たかった。

一度も振り返らず、山に入る時に四つんばいになってくぐった、
小さな鳥居のところまで降りてきました。

二人とも、急いで靴を脱ぎ、小川を渡リはじめた時、異変に気づきました。
先ほどは、くるぶし程までしかなかった小川の深さが、膝に達するくらいまで
深くなっていたのです。

なんとか反対岸まで渡り終え、後ろを振り返ると、スーザンは小川の真ん中で
立ったまま動かなくなっています。
「スーザン?大丈夫?」と問いかけると、決してわたしの前で英語を喋らないスーザンが、
英語で絶叫し始めました。英語が苦手なわたしは、全くなにを言っているのか聞き取れません。
絶叫が途切れ、口をパクパクさせた後、スーザンはそのまま川の中に倒れこみました。

その時、わたしは後ろに気配を感じました。
後ろには、お守りを売ってくれた、若い神主さんらしき男性が立っていました。

彼は、服が濡れるのもいとわず、川に入り、スーザンを支えるようにして、
こちらの岸まで連れてきてくれました。

スーザンは、体に力が全く入らないような状態になっており、
呼吸も荒くなっていました。
神主さんらしき男性と二人でスーザンを抱えるようにして車まで運びました。

続く