[和解]
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アリサの母親は、結婚し出産した後も仕事を続け、日本と海外を往復する生活を続けていたようだ。
海外に出張中に夫以外の男と関係を持ってアリサを身篭り、それが元で夫とは離婚し、息子を連れて相手の男と再婚した。
ただ、アリサを身篭ったのは酒で意識がないときの不同意での出来事だったらしい。
アリサの母の不貞とは言えないだろう。
しかし、かねてから夫は妻に仕事を辞め、家庭に入り、子育てに専念するよう諭し続けていた。
そんな折に、不同意の出来事とはいえ、他の男の子を身篭ったのでは修復は不可能だった。
アリサの祖父母と前夫は親子のように仲が良かったらしい。
アリサの母も、本心ではアリサの父ではなく前夫を愛していた。
両親の離婚の結果、兄は優しかった祖父母や父親と引き離された。
生まれたときから1年の半分は海外で、日本に居る時も仕事ばかりで育児を両親と夫に丸投げだった母親は彼にとっては他人同然だった。
そんな母に見知らぬ外国に連れて行かれた上に、新しい父親は家庭には無関心な人物だった。
親元を離れて帰国して、慣れない日本の高校に入学したのは彼自身の意思だった。
アリサ自身に責任のないこととはいえ、日本の星野家においてアリサの存在が憎悪の的となる事は、酷だが、不可避的だったようにも思われた。
病院から近いアリサの母の前夫の家に一泊し、翌日、もう一度見舞った後、俺とアリサは帰った。
帰り際、アリサの母親に俺は「どうか、『娘』のことをよろしくお願いします」と言われた。
アリサが母親と何を話したのかは判らない。
ただ、母と『娘』は和解出来たようだ。
アリサの母の満足そうな顔を見て、俺はアリサを連れてきた甲斐があったと思った。
帰りの車の中、俺とアリサはずっと無言だった。
途中、一度だけアリサが口を開いた。
「お母さんね、本当は女の子が欲しかったんだって。・・・初めから女の子に産んであげられなくてごめんねだって」
「・・・そうか」
「・・・うん。・・・ありがとね」
それから暫くして、アリサの母親は亡くなった。
俺とアリサは再びアリサの郷里へと向かった。
通夜と葬儀はアリサの実家で行われた。
近所の人と親戚が数名来ただけで淋しい葬儀だった。
お経を上げに来ていたお坊さんが、帰り際、俺に声をかけてきた。
どうしても気になることがあるので、何とか時間を作って寺に来て欲しいと言う。
おれも、このお坊さんに逢った時から何か感じるものがあったので、その日の晩に寺を訪ねた。
俺は葬儀に来ていたお坊さんに案内されて、住職の前に通された。
余り大きな寺ではなかったが、住職には迫力と言うか、物凄い威厳があった。
そこらの葬式坊主からは絶対に感じられないプレッシャーに俺は圧倒された。
住職は俺のことを無言のまま嘗め回すように見続けた。
そして、暫く考え込むと、開口一番、俺に言った。
「お若いの、あんたどこかで宗教的な『行』を齧ったことはないかね?他言はしないから話してみなさい」
俺は驚いたが、この住職は俺の問題解決の糸口になると確信が持てたので、マサさんの元へ行ってからの事を全て話した。
この住職は、中途半端に「行」を齧って「魔境」に落ちた若者を何人も見たことがあるそうだ。
「魔境」は、超能力だの徐霊だのを売り物にして、信者に修業と称して「行」を行わせる新興宗教の信者に多いらしい。