[和解]
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アリサにとって家庭にも学校にも居場所はなかった。
学校ではいじめられ、家では兄による虐待が続いていた。
祖母は外見が少し日本人的でなく、女性的なアリサを疎ましく思っていたらしく、兄の暴行を見て見ぬ振りしていた。
また、祖母と同様、母親も兄を溺愛しており、アリサには余り関心を示そうとはしなかった。
アリサの精神は崩壊寸前だった。
それに止めを刺したのが母親だった。
兄とアリサの現場を目撃した母親は、虐待を加えていた兄ではなく、被害者であるアリサを激しく叱責したのだ。
中学2年の3学期からアリサは学校へ行かなくなり、進学先も決まらぬまま中学卒業を迎えた。
そして、17歳の時、アリサは家を出た。
大学を中退した兄が帰ってくると聞いたからだ。
今度こそ守ってもらえる、自分が出て行くのを止めてもらえると期待して発した「家を出る」と言う言葉に、母親はこう答えたと言う。
「そうしてくれると助かる。もう帰ってこなくていいから」
母親は実家から離れた所にアパートを借り、かなりの額が入った預金通帳をアリサに渡すと一切自分から連絡を取らなかった。
アリサは18歳になるのと同時に、郷里を離れ、きょうこママの店で働き出した。
兄が帰ってくると聞いて、恐怖で頭が真っ白になった状態で駅のホームに立ち尽くしていたアリサに、旅行中のきょうこママが声を掛けていたのだ。

19歳の時、アリサは大学検定に合格し、同年12月に学費の全額給費制度のある関東の某私大を受けた。
給費生には選ばれなかったが、一般枠で合格したアリサにママは学費の貸与を申し出たが、アリサはそれを固辞した。
預金通帳には4年間大学に通うのに十分な残額があったが、アリサはそれにも手を付けようとはしなかった。
夜、ママの店で働きながら通信制の大学で学び、並行して資格試験の勉強を続けた。
途中一年間、タイで手術を受けた為に勉強は中断したが、その後復帰して卒業。
ママの紹介で入った事務所で働きながら資格の勉強を続けて翌年合格。
合格した年に、使った分を全額戻した預金通帳を実家に郵送している。
そして、アリサの合格を待っていた老所長に、最近、事務所の全権を委ねられたのだ。

アリサの中で家族、そして母親は、既に遠い、それも忌まわしい過去の存在だった。

アリサは声を荒げて「私が何をしたって言うの?これ以上どうしろっていうのよ!いったい何の恨みがあるっていうのよ!」と叫んだ。
顔を覆った手の、細い指の間から涙がこぼれた。
無理もないのだろうが、アリサは母親に呪われていると取ったようだ。
俺はアリサに「生霊とは言っても呪いとか悪霊といった感じではなかった。むしろ、子を想う母親って感じだった。
アリサも言ってたじゃないか。悪意のない視線を感じるって」と言った。
「それじゃ、私にどうしろって言うのよ!」
「アリサは一回実家に帰って、お母さんに会ってみるべきだ。多分、今を逃したら、もうチャンスは無いと思う」

翌日、俺はきょうこママを呼び出してアリサの説得に掛った。
アリサの抵抗は激しかったが、
ママの「このままじゃ何の進展もないでしょ?行きなさい。行って恨み言の一つでも言ってやりなさい」の一言でしぶしぶ折れた。
ママは俺に「アンタも行くのよ!」と言った。
俺達は、ママに借りた車でアリサの実家を目指すことになった。

出発間際に、ママは俺の胸倉を掴んで「アンタとアリサを一緒に行動させているのは、何もエッチさせようって訳じゃないんだからね!
判ってるだろうが、女の涙を拭うのは男の仕事だよ!しっかり、いい仕事するんだよ!」と言った。
更にママは、「判ったよ」と言って、アリサが助手席で待つ車に向かおうとした俺の肩を強く引っ張った。
そして、耳元に顔を近付け、「ところで、実際、アンタ達どうなんだい?ヤッたのかい?」と言い、
「何言ってんだよ、そんな訳ないじゃん」と答えた俺に、
「フン、このヘタレ!しっかり根性入れて、そっちも頑張りな」と言って、グローブみたいにデカイ手で俺の背中を叩いた。

俺は車を走らせ、北に向かった。

続く