[和解]
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部屋に着き、インターホンを押すと恐怖に青ざめた顔をしたアリサが出てきた。
化粧をしていないアリサの顔は相変わらず美しいが、昼間より可愛さが増して見えた。
ストーキングする男の気持も判らなくもない・・・
アリサは俺を部屋に招き入れた。
よく整頓された広めのワンルーム。
俺はアリサから話を聞いた。
アリサの話では、俺がストーカー男をシメてアリサの元から離れてから、常に何者かの「視線」を感じるようになったのだと言う。
かなり気にはなっていたのだが、視線に「悪意」を感じなかったので、俺には連絡せずに我慢していたらしい。
しかし、その晩に異変が起きた。
ベッドで就寝中のアリサは、夜中に人の気配を感じて目が覚めた。
部屋の隅に誰かがいる!
しかし、金縛りにあって体は動かず声も出なかった。
恐る恐る立っている人物の顔を見ようと視線を移した瞬間、金縛りは解けた。
灯りを点け、気持ちを落ち着けようとしたアリサは、何者かの強い視線を感じてベランダの方を見た。
アリサが見たベランダに人影があった。
恐怖に駆られたアリサは、真夜中だったが、俺の元に助けを求める電話を掛けたというのだ。
後日、念の為、俺はきょうこママに頼んで店の子達の寮として借り上げている部屋の一つを提供してもらった。
アリサの希望もあって、暫く24時間体制でガードする事になった。
昼間は事務所の応接室や駐車場の車の中で仮眠を取り、帰宅してからアリサがベッドに入るまで寝て、朝まで寝ずの番をした。
昼間、事務所で仮眠している時、帰宅してアリサの近くで寝ている時、アリサの言う何者かの「悪意のない視線」を俺も感じることが出来た。
靄に包まれたかのような漠然とした夢の中で、俺は視線の主を目にしていた。
だが、目が覚めると、夢の中で視線の主を目にしたことは思い出せるのだが、その姿は思い出せなかった。
正直な所、アリサのお陰か?蟲のような魍魎が絡み着いてこない、アリサとの共同生活は俺にとって快適なものだった。
しかし、その晩は違っていた。
アリサが眠る横で、俺はスタンドの灯りで雑誌を読んでいた。
すると突然、猛烈な眠気が襲ってきた。
「来たな!」と思って、俺はマサさんに習ったやり方で「気」を「拡げて」、アリサと自分を包むようにイメージした。
すると、「コロコロ」と変わった鈴の音が聞こえてきて、視線を上げた俺の前には、50代半ば位の髪の長い女が立っていた。
感じた雰囲気から、俺はその女を生霊だと確信していた。
以前、Pの実家のラブホテルの一室で、俺に切りつけてきた女と同じ「生々しさ」を感じたからだ。
女は俺のことが目に入らないかのように、アリサの眠るベッドを覗き込んでアリサの頬に手を触れた。
俺は「拡げた」気の力を最大限にした。
その瞬間、女の生霊はフッと消え、俺は叫び声を上げていた。
アリサも俺の声に驚いたのか、目を覚まし、ベッドの上で身を起こして俺の方を見ていた。
俺はたった今見たものをアリサに伝えた。
鈴の音、50代半ば位の髪の長い女、女の顔立ちの特徴、左目尻の少し大きめの泣き黒子・・・
それが多分、生霊である事、更に鼻の奥に微かに感じた消毒薬の匂い・・・生霊の主は病院にいるかもしれないこと・・・
アリサはポツリと答えた「多分・・・私の母です」
アリサは俺に自分の過去を話し始めた。
アメリカで生まれたアリサは8歳までアメリカ、12歳までシンガポールにいた。
父親の仕事の関係だった。
中学校進学時に帰国。母方の祖母の元に身を置いた。
祖母の元には、先に帰国して日本の高校に通っていた兄がいた。
帰国子女としての英語力への過信から入試を楽観視していた兄は、大学受験に悉く失敗し浪人する事になった。
忙しくて不在がちな両親の元、家庭内でしか日本語を話していなかったアリサには日本語でのコミュニケーション能力に少々難があった。
女性的な外見もあってか、中学時代のアリサには友人と呼べる者は居らず、いじめを受け続けていたらしい。
しかし、アリサを決定的に傷付けたのは兄と母親だった。
思春期となり、女性としての性意識と自分の肉体のギャップに苦しんでいたアリサに、受験ノイローゼなどが原因なのだろうか、兄は虐待を加えるようになったのだ。
翌年、再び受験に失敗した兄のアリサへの暴行はエスカレートする。
兄の2浪目の夏、アリサの母親は日本に帰国してきた。
アリサの父親との離婚が成立したのだ。