[騒音]
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ある日のこと。どすっ!仕事に煮詰まって部屋の床に寝ころんで
いた私の背中にまるで床越しに何か太い棒で突かれたような感覚が
走りました。まるで、うるさいと怒っているかのようにです。一般
的に上の部屋の音は響きやすいといいますから、私が何か騒音を出
していて怒った下の住人が天井を何かで叩いたのかとも思いました
が、考えてみれば思い当たる節がありません。
しばらくすると、
今度はDKの床がどすっ!寝室の床がどすっ!また私の足下で
どすっ!どすっ!どすっ!どすっ!ごっ!どすっ!どすっ!ごっ!
だんだん突く間隔が短くなっていきます。

よく耳を凝らしてみると
突いているのは天井ばかりではないようです。壁や床にも何か固く
重そうなものを投げつけているようです。
音のくぐもり具合や伴う
衝撃の大小でそれが分かります。やがてひとしきり突きまくって満
足したかのように階下の部屋はしんと静まりかえりました。

 平日の真昼です。言い争う声も聞こえませんから夫婦げんかとも
考ええづらく、挨拶に行ったときの下の奥さんの印象から、うるさ
いとか迷惑とかより、不気味な気持ちが先に立ちました。
 その後も時折、どすっ!という天井や壁を突き上げるような音、
ばたんばたんばたんばたんと戸棚の扉を乱暴に何度も何度も叩きつ
けるような音、などが聞こえてくることがありました。

しかし、下
からの騒音は決まって平日の昼間。しかも短時間に限られています。
アパートの住人で平日の昼に日常的に部屋にいる人は他になく、た
ぶんその騒音を聞いているのは、階下の本人(奥さん)と私だけで
しょう。大家に文句を言っても「キチンとした若夫婦」と「勤めも
しないでブラブラしてる独身者」というステレオタイプの偏見に満
ちた人だけに、やぶ蛇になってしまう可能性が大です。騒音も毎日
と言うわけでもなく、私はしばらくは我慢していたのです…

「う゛#жゞ&ぎっぃ@§¶仝〆†〜あっっ〜〜〓‖おぃ???〜〜!!!?!!!」
文字では書き表せない声。腹の底から絞り出す様な声。歯ぎしりす
る歯と歯の間から漏れ震えるような声。
 叫び声ともうめき声ともつかない異常、異様な声がどすんばたん
と部屋中を引っ掻き回すような騒音に混じるようになったのは、そ
れから間もなくのことです。

こうなると私としても我慢の限界とい
うか、不安の限界というかで、意を決しアパートから少し離れた所
に住む大家に苦情を言いに行きました。しかし大家は案の定、私の
ことを胡散臭い目で見て「そうですかぁ他の方は何もいってません
けどっ」と言ったきり相手にしてくれません。

誰か他の住人が気付
いてくれればいいと思っても、その異音が発せられるのは、相変わ
らず平日の昼間ということを除けば、一定の周期もなく一日に二回
やってくることもあれば、一週間しんとしていることもありました。
 一度はその異音の最中にアパートの前の駐車場に車を取りに行く
ふうを装って、その部屋をのぞきに行ったこともあったのですが、
窓にはカーテンが掛けられ中の様子を窺い知ることは出来ません。
そればかりか、私の行動を察知したかのようにそれまで建物の外に
まで響いていた異音はぴたりと止むのです…

続く