[引っ張る]
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コンビニで買い物を済ませ、再び発進した車内でアイスを頬張りながら師匠は続ける。

「結構有名なスポットにあった石だよ。ソイツを拾って家に持ち帰った。始めは何て事なかったんだが、途中でマズい事になった。」

どうマズかったんです?という俺の問いに、師匠は珍しく沈んだ調子で答える。


「引っ張るんだよ。」

魂を。


ポトリ、と棒アイスが溶けて生足に落ちた。声を上げそうになるのを堪えて、次の言葉を待つ。

「マガタマって知ってるかい。」

聞き慣れないが、いつか聞い事がある様な気がする。「勾玉」と書くらしい。

「日本古来から存在した装飾品の一つでね。言わば魔除けとして当時の豪族らは必ず身に着けていた。」

歴史の教科書か何かで見た事ないかい?と続け

「コの字ともCともつかない、真ん丸に短い尾が付いたような形をした緑っぽい石だよ。」

何となく頭に描くと思い出せた。僕は、TVで見た事がある。

「その形状の由来にはいくつか説があるみたいだけどね。獣の牙を表しているだの、大極のシンボルだの。その用途意外の真相は今じゃ知るよしも無いんだが…」
僕には生まれる前の胎児に見える。そう言う師匠の横顔は最早見えない。
車はいつの間にか光も何もない山道に差し掛かっていた。真っ暗な森の中でチカッ、チカッと何かが光った様な気がして窓外を凝視してしまう。

「そんなモノが一体何処に落ちてたと思う?」

「え…、だから、心霊スポットでしょ?」

素直に俺が応じるとフン、と鼻から息を漏らす音が聞こえ、したり顔をした師匠が想像できた。

「まぁ大きく分けるならそうだね。でもこれから向かう場所は自殺の名所なんだ。」

魔除けの道具が落ちている自殺の名所。何ともアイロニーに満ちた場所を想像し、気分が悪くなった。

急な坂道に唸りを上げる600CC程のエンジン、次第に道幅も狭くなり師匠はゆっくりとブレーキを踏む。

エンジンを切ると、いくつかの虫の鳴き声だけが聞こえて来る。真夜中の森は静寂に包まれていた。
ここからは歩いていこうか、と言う師匠の言葉に従い、俺達は懐中電灯を片手に夜の山道を歩きだした。


「それで師匠、」
照らされた足元だけを見ながら俺は問い掛けた。
「何故拾ってきたその石が師匠の子供という喩えになるんです?」
「あぁそれな。その勾玉を偶然見つけて家に持ち帰ったけど、何ともなかったって言ったろ?本当に何ともなかったんだ。」
時折森の中を照らしながら師匠は続ける。
「勾玉って本来は魔除けの効果があるって話したよね?でもそれは創作した術者の意図によるんだよ。
一般に知られている勾玉意外に、本来の用途とは異なる勾玉も存在する。」
極僅かだけどね、と師匠は付け加えた。

「その極僅かな勾玉を所有しているのは昔から今も、いわゆる邪教と呼ばれる狂信の方々。日本でも有名な鳥の名の付く某宗教団体じゃ、「狂玉(マガタマ)」と表記して、大切に保管してあるらしいね。」

その用途を考えると薄ら寒くなったが、師匠は続ける。

「僕はこれから行く自殺スポットでその勾玉を見つけた時、すぐにコイツの仕業だと睨んだ。」

「…それで…持ち帰ったんですか…。」

驚くというより半ば呆れつつ相づちを打った。恐いもの知らずとかそんな類じゃないのだろう。
全て解った上で尚、好奇心が勝るこの人には、銃を向けても命乞い等せず
むしろ「早く。」と新たな世界への入り口を喜んで受け入れそうな気さえする。

「ところがだよ。」

落ち着いた口調で師匠は続けた。

続く