[田舎 中編]
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そういえば、伯父から滞在中自由に使いなさいと言われていたことを思い出す。
どこに、と聞こうとしてすぐに聞くまでもないと思いなおした。
明日もいろいろありそうだ。
そう思って、今日のところはきちんと寝ておくことにする。
「おやすみなさい」という言葉に、京介さんは小さく手を振った。
朝が来た。
目を覚ますと、隣で師匠がひどい寝相をしている。
少しほっとする。
伯父夫婦と合わせて6人で朝食をとる。なにか足らない気がした。
そうだ。新聞がない。
「ああ、昼にならんと来ん」
そういえばそうだった。俺のPHSも師匠の携帯も通じない、情報を制限された田
舎なのだ。
食べ終わって、部屋に帰ると師匠に夜のことを聞いてみた。
「行ったんですよね、あの京介さんが怪我をした場所へ」
「うん」と師匠は答え、扇風機のスイッチを入れながら胡坐をかいた。
「なにかあったんですか」
「いや、なにもなかった」
煮え切らない答えに少しイラッとする。あんなやり取りをしておいて、なにもない
はずはない。
すると師匠は意味深に目を細めると、ゆっくりと語った。
「昼にはあり、夜にはなかった」
掘り出されていた、というのだ。
「僕らが気づいたことを、知られたようだ」
言葉の端に、気味の悪い笑みが浮かんでいる。
「なにが、埋まっていたんですか」
師匠は畳の上にごろんと寝転がった。
「犬神を知ってるかい」
「聞いたことは」
京介さんがこの旅の前に口にしていたのを覚えている。
「古くは呪禁道の蠱術に由来すると言われる邪悪な術だよ。犬神を使役する人間が
他人の物を欲しがれば、犬神はたちまちにその人に災いをなし、その物を与える
まで止むことはない。犬神は親から子へと受け継がれ、その家は犬神筋とか犬神
統などと呼ばれる。犬神筋は共同体の中で忌み嫌われ、婚姻に代表される多くの
交流は忌避される。そのために犬神筋は一族間での通婚を重ね、ますますその"血"
を濃くしていく」
師匠は秘密めかして仰向けのまま指を立てる。
「犬神というのはその名前とは裏腹に、小さな鼠のような姿で描かれることが多い。
もしくは豆粒大の大きさの犬だとする記録もある。犬神筋はそれらを敵対する者
にけしかけ、腹痛や高熱など急激な変調をもたらす。犬神にとりつかれた者は山
伏や坊主などに原因を探ってもらい、どこの誰それの犬神が障っているのだと明
らかにする。その後は、原因と判じられた犬神筋の家へ赴いて……」
「貢物を差し出すわけですか」
口を挟んだ俺に、師匠は首を振る。
「文句を言いに行くんだよ。人の道に外れたことをしやがって、と」