[田舎 中編]
前頁

俺は明日も平日だったことを思い出し、ユキオをつついたが「大丈夫、大丈夫」
と請合った。
いろいろと大丈夫な職場らしい。
ユキオとハツコさんたちが帰っていったあと、俺たちは順番に風呂に入ることに
した。夜になってようやく涼しくなってきたが、汗を重ねた肌が気持ち悪い。
女性陣はあとがいいと言うので、まず俺、ついで師匠という順番で入ることにし
た。
早々に俺が風呂からあがり、3人でトランプをしているとTシャツ姿で頭から湯
気を昇らせながら師匠が出てくる。
「あー、気持ちよかったー。風呂に入ったのって半年ぶりくらいだ」
その言葉に女性二人の目が冷たくなる。
「ちょっと」「寄らないでくださる」
ステレオで言われ、師匠は憤慨する。
「って、おい。僕はシャワー派なんだって」
弁解する師匠に冷たい視線を向けたまま二人は女部屋に戻っていく。
「知ってるだろ!」
わめく師匠に、振り向いた京介さんがいつもより強い調子で「死ね」と言った。
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
これだよ。
二人を無理やりセットにした甲斐があったというものだ。
それから疲れていた俺たちは早々に床についた。
若者のいないこの田舎の家は寝付くのが早く、あまり遅くまで起きて騒がしくして
も悪いという思いもある。

寝る前にリュウの顔を拝もうと思ったが、犬小屋に引っ込んでしまいお尻しか見え
なかった。
部屋の明かりを消し、扇風機に首を振らせたまま横になるとあっというまに眠りに
落ちた。
どのくらい経っただろうか。
バイクの音を遠くで聞いた気がして、なぜかユキオがまた来た、と思った。
そんなはずはない、と思いながら徐々に頭が覚醒し、むくりと起きる。腕時計を
見ると深夜2時過ぎ。トイレに行こうと起き上がると、隣の布団がカラになって
いることに気づく。「師匠」と小声で呼びかけるが、部屋のどこにもいない。
とりあえずトイレで用を足しに行くと、部屋に帰るときに縁側に誰かの影が映っ
ている。
そっと障子を開けると、京介さんが縁側に腰掛けて夜陰に佇んでいる。
右手には煙草。
こちらに気づいて視線を向けてくる。
「深い森だ」
そうか。京介さんは自分の部屋でないと眠れないということを今更ながら思い出す。
「浄暗という言葉があるだろう。清浄な闇という意味だ」
ここは空気がいい。
そう言って目の前に広がる木々の黒い陰を眺めている。
遠くで湧き水の流れる音が聞こえる。
「師匠を見ませんでしたか」
そう問うと、煙を吐きながら答えてくれた。
「バイクで出て行ったな」

続く