[自動ドア]
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開かない。
おい、ウソだろと口にしながらガラスをバンバンと叩くが、ドアはぴくりとも反応
しなかった。
店内を振り返るが、さっきと変わりはない。人の気配も一切感じない。けれどそれ
ゆえにうなじの毛がチリチリするような静かな圧迫感が、空間に満ちはじめている
ような気がした。
(紛れ込んでしまった)
そんな言葉が脳裏に浮かび、これは間違いだ、早くここから出なくてはという脅迫
観念にかられた。
ドアの前の立ち位置を変え、体重をかけるタイミングを変え、膝のサスペンション
で背を変え、センサーらしきものの下を通るスピードを変え、とにかくあらゆる方
法で自動ドアを開けようともがいた。
明日は30分立ちんぼでもいいですから、今だけは一発で開いてくれ!
そんな祈るような気持ちだった。
ドアの外では、陽炎が立ちそうな熱気の中を多くの人が通り過ぎている。誰もこち
らに注意を払う人などいない。
何度も後ろを振り返るが、店内には何の気配もなく、ただ静かになにかよくわから
ない部分が狂っているようだった。異様な圧迫感を無人の光景に感じ、俺は冷たい
汗をかきながらドアの前でひたすらうろたえていた。
ふと、うっすらと窓ガラスに映る、反転した店内の様子が目に入った。顔もよく
わからないが、店内にうごめく数人の客が確かに映っている。誰もいるはずがない
のに。
恐慌状態になりかけた時、急に何の前触れもなくドアが開いて俺は外に飛び出した。
ムッとするような極度に熱された空気に包まれたがむしろ心地良く、俺は振り返る
ことも出来ずにその場から逃げた。去り際、目の端に、いつもと変わらない、人の
いるコンビニの店内が映った気がしたが、とにかく逃げ出したかった。

後日、師匠にこの話をすると、笑いながら「暑すぎて幽体離脱でもしたんじゃない?」
と言うのだ。
「だって、コンビニの怪談を逆さから見たような体験じゃないか」
ドアが開かなかったことをあげつらっているような感じだったので、「意識だけが
コンビニの中に入ってしまったとしても、店内に人がいなかったってのはどういう
ことです」と逆襲すると、師匠はあっさりと言った。
「人間に霊が見えないように、霊にも人間が見えないことがあるんだよ」
そうして二本の人差し指を交差させ、交わらない世界、と呟いてなにが嬉しいのか
口笛を吹いた。


次の話

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