[自動ドア]
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しばらくすると今度は「ありがとうございました」という店員の声。
入り口を見るとまたドアだけがスーッと開いて、誰の影も見えない。
店内を見渡すと、立ち読み客が俺を含めて二人だけ。店員の若い兄ちゃんは、手
元でなにか黙々と書いている。顔も上げずにドアの開く音に反応しているだけら
しい。
なぜか、背筋に気味の悪い感覚がのぼってくる。
もう一度店内を見回す。
深夜特有のだらけた空気が漂っている。店員も俺たちがいるせいで奥に引っ込めず、
はやく帰らないかなという思いでいるに違いない。
外は暗い。学生の街だから、暗さのわりに深夜でも人通りは多い。
誰とも知れない人の影が、暗い路地を行き来する光景は、こうして明るい店内か
らガラス越しに見ていると不気味だった。
店員があくびをする音が聞こえた。
顔を下げたままだ。深夜、この店が一人勤務体制というのはよく知っている。万
引きされても気がつかないんじゃないか。そう思ったとき、あることに気がつい
てゾクリとする。
最初にドアが開いたとき、店員は見もしないで「いらっしゃいませ」と言った。次
にドアが開いたときは「ありがとうございました」。
どうして2度目も「いらっしゃいませ」ではなかったのだろうか。
店員はそちらを見てもいない。そして実際に誰も出入りはしていないのだから、ど
うして使い分けたのか理由がわからない。
まるで目に見えない誰かが入り込み、そして出て行ったようではないか。
ここに居たくないという脅迫めいた感じが強くなり、俺は雑誌を棚に戻して足早
に店を出た。
ドアが開いて、そして閉じるとき、店員の間抜けな「いらっしゃ、ありがとうご
ざいました」という声が背中に響いた。

さて、ドアの開かない日々の中でも強烈な思い出がある。

1回生のころ、ある真夏の昼ひなかに溶けそうになりながらコンビニにたどり着
いた。
その日がその夏の最高気温だったそうで、アスファルトが靴の裏に張り付きそう
な錯覚さえ覚えた。
自動ドアの前に立ち、完全に開くのも待ちきれずに中に滑り込む。
さっそく、特に買うつもりもないのにデザートコーナーへ向かい、ひんやりと漂っ
てくる冷気を顔に浴びる。

そういえば、珍しくあっさり自動ドアが開いたな。
そう思って顔を上げると、目の前には異様な光景が広がっていた。
いつもと同じ商品配列の店内。いつもと同じ半年も先のコンサートのポスター。い
つもと同じ高ルクスの照明。
けれど、人の姿がどこにもなかった。
こんな真っ昼間に客が1人もいないなんてことはまずなかった。昼時には大学生で
スシ詰めになる店なのに。なにより異常なのは、店員の影もなかったことだ。二つ
あるレジは無人で、陳列や棚卸しなどの作業もしていない。
なんだか気味が悪くなり、一言声を掛けてと張り紙があったのをダシに「すみませ
ーん、トイレ貸してください」とレジの奥に投げかけた。
10秒待ったが、なんの応答もなかった。
店内をもう一度見回す。
いつもなら常に立ち読み客のいる雑誌コーナーにも人影はなく、一冊一冊、乱れも
せず綺麗にラックに並んでいる。それが、ますますこの状況の異様さを強調してい
た。
体裁を保つこともなおざりになり、あからさまにキョロキョロしながら「お〜い、
誰かいませんか」と声をあげた。
その声がしんと沈む店内の冷たい空気に吸い込まれていった時、思わず出口に向か
っていた。
そして自動ドアの前に立つ。

続く