[鋏]
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ぐにょりという鈍い感触とともに、コースターが切れもせずハサミの刃の間に変形
して挟まったのだ。
首筋にあたりがゾワっとした。
ギチョン。という音をさせてハサミを開く。
コースターがぽとりとテーブルの上に落ちた。確かに少し厚みがあるとはいえ、ただ
の紙なのだ。切れないはずはない。
もう一度ハサミをよく見てみる。
そういえば持ったときに何か違和感があった。
空中でチョキチョキと素振りをしてみると、その正体に気づいた。
俺は左手にハサミを持ち替えてもう一度コースターに刃をたてる。こんどはシューッ
という小気味よい音とともに白い紙に切れ目が入っていった。
"左利き"用だ。
あるのは知っていたが、現物を見たのははじめてだった。俺は手元の赤いハサミとコー
スターとを見比べながら、笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
あのとき、音響は右の平手で俺の頬を叩いた。
怖がらせるような意地の悪いことを言った俺を反射的に叩いてしまった彼女に、負い
目を持ったのがこの無謀な冒険のきっかけだ。
クールそうな彼女にそんなことをさせてしまったという負い目。
だが、あのときの彼女にはとっさに利き腕ではない方を繰り出すだけの、理性の働きが
確かにあったのだった。

はめられたのかも知れない。
そういえば、ノートに地図を描く時の彼女は左手でペンを握っていた気がする。
あの平手で俺がなにを感じるか、計算ずくだったとするなら……
そのときはじめて俺は、あの暗い服を好む少女に好奇以上の興味を持ったのだった。

1週間後、例のオカルト道の師匠と仰ぐ大学の先輩と会う機会があった。
お互いの近況を交換し合うなかで、俺は鋏様の話と《黒い手》騒動の時の少女と再び会
ったことを話した。
師匠はニヤニヤと聞いていたが、口を開いたかと思うと「僕ならその鋏様とやらの髪の
毛、ハサミでジョキジョキにしてやったのに」と言い放ち、俺は心底この人に頼らなく
てよかったと胸をなでおろした。


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