[鏡の中のあいつ]
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僕がこれらのメールを読んだのは、出張から帰ってきてすぐだった。
五回目のメールが届いた深夜だ。
悪戯にしては少し質が悪いような気がしたが、彼はもともと散文を書くのを趣味にしている男だ。
これくらいのことは平気でやるだろうと思ったし、笑って許してやるくらいの間柄でもある。しかし・・

彼の訃報を聞いたのは翌日だった。なんとも胸騒ぎがして、電話を入れたのだ。

通夜に出席した。共同斎場だった。
判ったのはなんらかの事件に巻き込まれたらしい、ということ。彼の家では未だに警察官が出入りしているらしい。

自宅に帰っても、どうにも落ち着かなかった。
彼の死を悼んではいるが、大して気にかけているわけじゃない。基本的に自分は薄情な部類の人間だ。
僕の心を占めているのは、偶然にもあのメールと事件が一致し過ぎているということだ。
事件は彼の自宅で起こったらしいということが一つ。そして、散文での彼の死と彼の推定死亡時刻がぴったり重なる点だ。
メールの着信は正確に時刻が記録される。おそらく彼はあれを送信した後で何者かに・・。
いや、本当に送信してからなのだろうか?
もしかしたら、メールの内容と同じように書いている途中で彼が死を迎えたとしたら・・。
画面上の送信ボタンを押したのが犯人・・あるいは・・

馬鹿な!今、自分は何を考えた?そんな生物がいるはずない!
全く馬鹿げている。くだらない散文に引きずられて鳥肌を立ててしまっている自分が情けない。

もう一度メールに目を通してみた。
何度読んでも寒気が走る。いままで、彼はこんな散文を書いたことがあっただろうか?
これがフィクションでなく、まさしく彼のダイイングメッセージだとしたら・・。
自分は通夜に行ってしまった。
彼の警告を無視してしまった。
この狭い部屋なら問題はない。しかし、居間にある姿見を覗くと何が見えるのか?
とても試す気にはなれなかった。
これから・・僕はいったいどうすればいいのだろう?


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