[付きまとうおっさん]
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そんな風に自分の中で思考をまとめながら走っていると
再び赤信号にひっかかった。対向車線にはトラックが止まっている。
こんな時間で、すれ違う車も少なくなってくると、普段は鬱陶しい
トラックのエンジン音や高い位置についたライトも少し頼もしい。

信号を見上げながらアクセルを少しだけあけてグリップヒーターの
熱を維持しながら、自分が吐き出す白い息を見ていると
その先の中央分離帯にまた人影がみえた。

最初、俺は「あれ?工事案内の看板かな」と思った。
なぜならその中央分離帯には横断歩道があるわけではないからだ。
だから、そんな中央分離帯に人がいるわけがない。
横断歩道のない道路を無理矢理渡ろうとしたが、対向車線側の
往来が激しくて中央分離帯で立ち往生するバカは時々いるが
こんな深夜のがらがらの道路で立ち往生するわけもない。

それに結構距離があって、おまけに明かりが乏しいにも関わらず
しっかり「人がいる」とわかったのだ。近くに光源があるようにも
見えない。だから余計にオジギ人か誘導灯を振る看板かなと思ったのだ。


信号が変わって走り出す。相変わらず左車線を走る俺の視界の右端で
人影はどんどん近づいてきた。そして頭の中がハテナだらけで一杯になって
それから全身に寒気がはしった。アクセルをねじる手に力が入って
一気に速度を上げて、人影の横を通り過ぎる。さっきのハテナだらけの
頭の中は、今度は「やめてくれよ…なんなんだよ…」というような
つぶやきで一杯になっていた。

人影はさっきの「おっさん」だったのだ。

深夜、無人の道路をバイクで走っているわけで、横断歩道のあった
交差点から、さっきの信号まではそこそこの距離がある。
1キロ以上は離れているはずだ。当たり前だが人間の足で
こんな短時間に移動できる距離じゃない。

同一人物ではないかもしれないし、たまたま同じような格好をした
おっさんがいただけかもしれないが、なんとなくそういう偶然を
否定する感覚が、俺の中にあった。

霊感とかそういうものではないと思うが、たとえば通勤の駅で
朝乗り合わせた人と、同じ日の帰りの電車でまた乗り合わせたときに
「あれ?今朝の人だ」と思うような確信感に近いかもしれない。
すれ違う時間こそ一瞬だが、通り過ぎるまで視界の片隅には
見えているわけで、少なくとも数秒は見ていることになる。
だから見間違いではない。

時間が時間だったこともあって、空気の冷たさとは違う寒さに
背筋が凍るような感覚だった。むかむかとするような圧迫感を
胃袋に感じながら、俺は右のミラーをちらとのぞき込んだ。

おっさんはいなかった。

安心していいのかよくないのかわからなかった。というか
「多分いないだろうな」と思ってミラーを覗き込んだので
やっぱりか、という確信に変わった。

ライダー仲間から時々も聞かされていた「通りすがりに見る」
というヤツなんだと思った。霊感は無いと思うが、オカルト系には
人並み以上に興味があるので「ついに俺も見ちゃったか」と
なんとも言えない気分だった。

続く