[付きまとうおっさん]
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おっさんの横を通り過ぎるときこそ法定速度をはみ出していたが
速度を戻しつつ、俺は頭の中で「やだなー」を繰り返しながら
走り続けていた。やがて道路は分岐にさしかかり県境の大きな橋へ
向かう道へと入る。普段なら一段と車も少なくなってくるのだが
今日は先導にトラックと乗用車がいたので、俺は怖さも手伝ってか
なんとなく車間を詰めておこうと思い、トラックの後ろにつけて
伴走状態でその道を走り続けた。

しばらく走っていると、なんとなく後味こそ悪かったものの
人に話すネタが出来たなあなんて思い始めていた。
が、そんなお気楽な考えは、橋の方へ向かう分岐に来たときに
あっさりなくなった。またいたのだ。「おっさん」が。

三度目ともなると絶対に見間違いなわけはなかった。
しかも今度は街灯がある。先導車両の明かりもだ。
おっさんは左折する分岐の曲がり角のところに立っていた。
俺はもう「うわーうわー」と小声に出しながら運転を続けていた。

このまま橋を渡るには、おっさんの真横を通らなければならない。
道を変える為に車線変更をしようかどうかと迷っていると
先導のトラックが左ウインカーを出したので、なんとなく
「このままトラックについて行けば大丈夫だ」と思い
俺もそのままウインカーをだした。
キープレフトの原則を無視して俺はなるべく右寄りに走った。
トラックの右リアタイヤが真っ正面にくるくらいだ。
もちろん気休めに過ぎない。左側をなるべく見ないようにした。
分岐のカーブの手前でトラックが減速する。
おっさんの横を通り過ぎるタイミングで、トラックのエンジンが
再加速のために轟音をあげた。

何事もなかった。実際何事もなく、俺は無事に橋を渡って家に
着くことができたのだが、家に帰って布団に潜り込んでもなお
しばらくの間震えが止まらなかった。

おっさんの横を通り過ぎた後、一気に速度をあげて法定速度を
あっさり無視した速度で残りの道を走ってきたことで身体が
冷え込んでいたこともあったが、原因はそれだけじゃなかった。

目の前で吹き上がったトラックの排気音。その轟音の中でも
しっかり聞こえてしまったのだ。おっさんが明らかに俺に対していった

「 見 え て る ん だ ろ 」という声が。
怒鳴り声ではなかった。ただ左側から確かにそう聞こえた。
グルアアアーというようなトラックの排気音の中でも、しっかり聞こえたのだ。
他にも何か聞こえた気がするが、それは聞き取れなかった。
いや、意図的に聞き取らないようにしたのかもしれない。
なぜなら俺はその直後に大絶叫しながら思い切り速度を
あげてトラックを追い抜いて一気に走り去ったからだ。

あれ以来、夜中に同じルートで帰ることはしなくなったが
翌朝もその後も特に変わったことはなかった。
ただ声を聞いてから自分でも驚くほどの絶叫をあげながら
走ったせいか、しばらく喉が痛かった。


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