[付きまとうおっさん]

俺はバイク乗りなんだけど、3年くらい前に体験したやつをまとめてみた。

バイクと車は同じ道を走っているが、若干違うのはわかると思う。
タイヤの数とかエンジンの排気量とかではなく、身体がむきだし
であること、その分音や空気をダイレクトで感じられること。
かっこつけたがりのバイク乗り達は「風を感じる」なんていうが
風以外のモノを感じることも多くある。

バイクに乗りたての頃、俺はフルフェイスのヘルメットを
着けていたんだけど、音がこもって気持ちが悪く、一度死角から
飛び込んできた車に事故をもらってからは、オープン型のヘルメットか
耳が外に出るダックテールっていうタイプのヘルメットを着けている。

風切り音だけでなく、周りを走る車のエンジン音やら排気音なんかを
感じられるようになったので、ずいぶんと気が楽になった。
でも、それだけに余計なモノを見るようになったのかもしれない。


深夜に都内から俺の住んでいる県に向かって走っていたときのこと。
片側三車線の大きな環状道路(っつーか環八)を走っていると
信号待ちの先の中央分離帯に人影が見えた。時間は2時くらいだろうか。
この時間になると、さすがに時々タクシーやトラックとすれ違うか
併走するか程度で、ほとんど車通りはない。

街灯はあるけれど、広い道路なのでさほど明るくもない。
人影が見えたのは、そこは中央分離帯をまたぐ歩行者横断歩道が
あって、黄色の常夜灯がそのゾーンを照らしていたからだ。

内回り側にはマンションがあるので、深夜だからといって
歩行者がいることもおかしくはない。ただその人影が気になったのは
こちらの信号が赤ということ、つまり歩行者信号は青のはずなのに
中央分離帯に立ち止まっているからだった。

携帯電話で話しているのかもしれないし、気にはなったが信号も
変わりそうだったので、意識を外すと俺はアクセルに手をかけて
発進準備をした。ほどなく信号が青になりバイクを発進させる。

交差点を越えて横断歩道を越えるときも、視界の片隅に人影はあって
なんとなくそちらをみた。人影はおっさんだった。
青っぽい服というか、パジャマ?かなんかを来たおっさんだった。

中型バイクとはいえ、出足はいい。通り過ぎるときには
40キロくらいは軽くでていたはずだ。そのとき俺が走っていたのは
一番左車線。おっさんが立っていた中央分離帯からは一番離れていたので
さすがに顔までは見えなかった。

でも俺は「あ、おっさんだな」と思ったのだ。

今思えば。このあたりからちょっとおかしかったんだと思う。


「こんな深夜に薄着でよく寒くねえなあ」
走りながら俺はそんなことを考えていた。2月の深夜。
俺は防寒装備でモコモコに着ぶくれていたし、手袋も二重だった。

それからふと気づく。なんで「薄着」だなんて思ったんだろう。
時速60キロくらいで無人の道路を走りながら、俺は視界の右端に
とらえた「おっさん」の姿を思い返してみていた。

薄着、そうだった。確かに薄着だと思ったんだ。おっさんの着ていた服は
パジャマかなにかのように薄く感じた。この時期の歩行者は
皆一様に着ぶくれている。特に上半身が着ぶくれているのでシルエット
としては下半身との間に大きな差がある。
なのに、さっき見た「おっさん」は全体的にえらい細く感じたのだ。
だから俺は「薄着」だと思ったのだ。

続く