[じいちゃんの話]
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すでに俺は冷や汗をかいていた。目的地に運ぶ足は重い。
20年以上住み慣れた家だというのに、半端じゃない心霊スポットに連れて行かれている感覚だった。
心の準備をさせてくれと巨人戦(例の如く30分延長)を見終わってから行動し始めたので
確か時計の針は9時半を回っていたと思う。
両親は朝早く仕事があるからとすでに寝室で寝息を立てている。
いい気なものだ、息子はこれから死にに行く覚悟でいるというのに。

俺達二人は元居た場所から縁側を通りまっすぐ伸びる廊下を歩いていた。
「ここじゃ。」
じいちゃんは俺の前でピタリと止まり、右側にあった襖を開けた。
ここは俺が小学低学年の頃まで使っていた『遊び部屋』ファミコンしたり戦隊ものの人形を持ち込んだりして
遊んでいた非常に懐かしい場所だった。今は物置と化している。

すると俺はあることに気付いた。
「じいちゃん、……あれ…」
俺が指差す方向には、漆塗りでもされたような真っ黒い二枚の木戸があった。
俺の記憶では当時そんなものはなくて、ただの白い押入れの襖のはずだった。
あまりの異様さに心臓が動きを早める。
「お前がここを使わんようになってすぐ、やり変えた。」
じいちゃんは当たり前の様に言って震え上がる俺を尻目に木戸に手をかけた。

ゴゴ、ズーっ。

という音と共に木戸が開いた、中は真っ暗で何も見えない。俺は急に気分が悪くなってきた。
その事をじいちゃんに訴えたが一言「そのうち慣れる。」と言われ無視された。
(じいちゃんは絶対に鬼だと、以前にも増して憎しみを抱いた俺。)
おもむろにじいちゃんは懐中電灯を付け押入れの天井を照らした。
「マサ、見てみ。」
じいちゃんは俺の腕を掴んで無理矢理中を覗かした。
そこにはまた、不自然に黒く塗られた正方形の扉があった。

俺達はその扉から天井裏へと侵入した。
最初はじいちゃんを押し上げて、次に俺がその空間に入った瞬間先程とは比べ物にならないくらいの吐き気と悪寒に襲われた。
空気が重いなんてもんじゃない。

ヤバイ。

これ程まで命の危険を感じた事がないくらいヤバイ。汗が干上がり、口の中がパサパサに乾く。
どう考えても尋常ではない空間。こんなところで平気な顔をしているじいちゃんが凄いと思った。
「じ、じいちゃん…。俺だめ、もうだめ、ホンマ勘弁して…っ。」
いい年こいて俺はじいちゃんに泣きすがった。
「駄目じゃ、お前はきちんと見とけ。」
じいちゃんは昼間に見た時以上に厳しい顔をしていた。
じいちゃんが何を考えているのかサッパリ分からない。
俺をこんな所に連れてきやがって、本気で殺す気だと心の中でじいちゃんを殺人者呼ばわりした。
とにかく落ち着こうとゆっくり息を吸って、むせた。
当たり前だがここは埃だらけ、深呼吸なんてすればむせるに決まってる。
周囲を見渡せば築90年の家の骨組みがあらわになっていた。
適当に懐中電灯を振り回していると光の円の端にチカッと光るものが見えた。
なんだ?と思いもう一度その方向に光を当てると、あった。
神棚のような、でも何だか少し様子が違う。
よく分からないが祠のようなそんな感じのものが異様なオーラを出して佇んでいた。
「じいちゃん、あれ何?」
俺の唇は震えて、まともに呂律が回らないのを必死にこらえた。
「あれが物音の原因よォ。」
じいちゃんも祠に光を当てた。
が、急にじいちゃんは驚いた顔をして俺から懐中電灯と奪い取ると二つともスイッチを切った。
目の前は闇に包まれた。

続く