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[図書館]
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これは僕がここに仕込んだ本だよ。どうすれば相応しい場所に相応しい本を置
けるか、ひたすら研究してそしてここに通い詰めた。おかげで図書館学には
いっぱしの見識を身に着けたけどね。教授を騙して寄贈させたり、どのスペース
が次に埋まるか、その前にどの本が次に書庫送りになるか、その前にそれに影響
を与える本が果たして次に購入されるのか。計算しても上手くいかないことも多
い。こっそり入れ替えても書庫とはいえ、いつの間にか直されてるから。どうし
ても修正できないときはまあ、多少非合法的な手段もとった……
足音が増えた。
歩幅の違うふたつの音が、遠くなったり近くなったりしながら周囲を回っている。
片方は苛立っている。
片方は悲しんでいる。
ような気がした。
そして俺にはいったいなにが、ここに来たがっているその二つの気配を遮ってい
るのか全くわからない。
左肩のほうから右肩の方へ、微かに古い紙の匂いが漂う気流が通り抜けているだ
けだ。
視界は狭く、先は暗幕が掛かったように見通せない。
「僕が書庫の穴を塞いだころから、流れが変わったのか外の穴まで虫食いみたい
 に乱れはじめた」
こんなことができるんだよ、たかが本で。
師匠は嬉しそうに言う。
今の話には動機にあたる部分がなかった。けれど、何故こんなことをするんです
かという問いを発しようにも、「こんなことができるんだよ、たかが本で」とい
うその言葉しか、答えがないような気がした。

延々と足音は回り続ける。
その数が増えたり減ったりしながら、苛立ちと悲しみの気配が大きくなり、空気
を満たす。
肌を刺すような緊張感が迫ってくる。俺は目に見えない防壁にすべてを託して、
目を閉じた。
いつか、「そのくらいにしておけ」という人ならぬものの声が、俺の耳元で人間
のルールの終わりを告げるような気がして、両手で耳も塞いだ。
他に閉じるものはないだろうかと思ったとき、俺の中の得体の知れない感覚器が、
足元のずっと下にある何かを知覚した。巨大な穴のイメージ。師匠の言う「穴」
を「霊道」に置き換えるならば、下に向かう霊道なんてものが存在していいのだ
ろうか。
この感覚を閉じるには、どうしたらいいのか。
震えながら、朝を待った。

その書庫も、今では立ち入り禁止になっているらしい。
消防法がどうとかいう話を耳にはしたけれど、どうだかわからない。
師匠が司書をしていた期間となにか関係があるような気がしているが……はたして。


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