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30分もしないうちにおじいさんは出てきました。
大きめの袋を持っていました。
真っ直ぐお寺の裏山に向かって行きました。
僕たちは、後をつけました。

おじいさんはどんどん山の奥へ進んでいきます。
外から見るとその辺の山と大して変わらないのですが、中に入るとなぜか緊張しました。
幸い、おじいさんが長年通っていたからか、地面が踏みならされ細い道になっていたので、迷う心配はありませんでした。
最初は、木はたくさん生えていましたがそれなりに明るく、鳥の声も聞こえたりしていましたが、奥に進むにつれて薄暗くなり、シーンとなって、先を進むおじいさんの数珠のジャラジャラという音しか聞こえなくなりました。
僕もIも、初めはヒソヒソ話しながら進んでいましたが、いつからか互いに押し黙ったまま、おじいさんに気付かれないギリギリの距離を保ちながら、ついていきました。

開けた場所に出ました。
大きな池のようなところでした。
空は曇っており、霧があったのを覚えています。
おじいさんは池の前で止まり、両手を合わせ、何やらお経みたいなものを唱えはじめました。
僕たちはその様子を影から見ていました。
しばらくしてお経が終わると、おじいさんはジャブジャブと池に入っていきました。
そして、膝上半分がつかるくらいまで進むと、水面をじっと眺めていました。
しばらくすると、今度は先に進まず、横に移動しました。
そしてまた立ち止まり、水面を凝視しました。

しばらくすると、おじいさんは腕まくりをし、池に両腕を突っ込みました。
何かを取ろうとしているようでした。
そして、両腕を引き上げると岸に向かって戻り始めました。
両手には、僕がもらったものと同じ、ビー玉のようなものがたくさんありました。
おじいさんは岸に上がると、置いてあった袋にビー玉を入れました。
そして、また池に入り、右に行ったり左に行ったりして、ビー玉を取っては戻り、袋に入れていきました。
それを数回繰り返した頃、袋にビー玉を入れるおじいさんが突然こちらを向き、
「来ちゃったんかい」
と、僕たちに話しかけてきました。
僕「すいません。後をつけてしまって」
おじいさんは「いや、かまわんよ」と笑って許してくれました。
I「ここはどこなんだ?」
Iがおじいさんに尋ねました。
「ここには、竜神様がいらっしゃるんだよ。お前にも話そうと思ったんだがな」
おじいさんの話はこんな内容でした。

「わしらの家が代々、竜神様をお祠りしているのは知っとるな?」
僕の故郷のある地方は竜に関する伝説がたくさんあり、僕の母校ではありませんが、高校の文化祭の名前に「竜」の字が使われていたりします。
おじいさんによると、随分昔、この辺は長い間雨が降らず、飢饉になったことがあったそうです。
その時、Iのご先祖がこの池に棲むという竜神に祈りを捧げ、雨を降らせてもらい、村は全滅を免れたそうです。
竜神は優しい神様だったらしく、村にとって縁起の悪いものを池に沈めるとそれを浄化して、清いものに変えてくれたといいます。
そして、後にそれを取り出し、村の神聖なるものとしたそうです。
それは沈めておけばおくほど効果が増すとされ、定期的に取りに行ってはお寺で管理し、村に災いが起きると、その深刻さに合わせて「神聖なるもの」を使い分けたそうです。
今はほとんどの池が水田になったりしてしまったそうですが、開発を免れたこの辺りでは、今もその風習が残っているそうです。
「今もやってんのは、もしかしたらここくらいかもしれんなあ」
と、おじいさんは笑っていました。
「近付くでないぞ」
池を覗き込もうとしたIをおじいさんが注意しました。
顔も声も、いつもと変わらず優しいままでしたが、どこか凄みがありました。
帰り、僕たち3人は山を出るまで無言でした。

その日の夜、今度こそ実家に帰った僕は、今日聞いた話を家族に話しました。
両親は、飢饉の際に竜神に雨乞いをしたことは知っていましたが、その池が裏山にあったこと、そこにものを沈めたことなどは知りませんでした。
祖母にも聞いてみましたが、「竜神様の話はむやみにしない」と、なぜか取り合ってくれませんでした。

翌日、僕は今度こそ本当にこの辺をいろいろまわってこようと思ったのですが、Iには「調べることがある」と断られてしまいました。
結局、その日は1人で故郷を歩き回り懐かしさを満喫して、次の日、両親に帰りの電車賃を出してもらい、故郷に別れを告げました。

続く