[図書館にいるモノ]
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すると1人の方がまるで覗き込むように体を半分ぬっと出してきたのです。
私は思わず心臓が止まるかと思いました。その方の服は真っ白で、凹凸やつなぎ目が一切ないワンピースのように思えました。
しかしそれよりも驚いたのは顔で、ホラー映画にでも出てきそうな、横に広がったパーマのかかった髪、
何よりも一昔前に話題になったグレイのような真っ黒な瞳が私をじっと見ているのです。
それはニヤリと笑ったように思いました。

次の瞬間にあろうことか棚が動き始め、私を挟みこもうとしているのです。
書架には人が挟まれないように足元にバーがついており、これに何かが触ればすぐに止まるようになっています。
私は咄嗟に蹴るようにガン・ガンとバーを蹴ったのですが一向に止まる様子はありません。振り返るともうそこに先ほど人はいませんでした。
思わずパニックになった私は「助けて!誰か助けて!」と叫び続けました。
手を強引に棚に突っ込み、足をガニマタにして、顔も横に向けすこしでも長く保とうとしましたが、それも空しい抵抗でした。
お尻や胸から順に棚に挟まっていき、骨がミシミシと悲鳴を上げているような気がしました。
もうだめだ!
そう思った刹那。ふっと体が楽になりました。ゆっくりと棚が遠ざかっていくと力の抜けた私はその場にペタンとしゃがみこんでしまいました。
「大丈夫ですか!先輩!?」
騒ぎをききつけた同じアルバイトの後輩が助けてくれたようでした。
もう泣いていいのやら怒っていいのやら分からず、とにかく無事だったことで気が緩んだのか、もう力なく笑いながら
「アハハ、大丈夫、大丈夫。ちょっと挟まれちゃったみたい」
「いや、全然大丈夫じゃないですよ!何言ってるんですか!」

むしろ私よりも後輩の方が興奮しているみたいでした。
ゾロゾロと数名のギャラリーが集まり、私は後輩とギャラリーの1人に肩を貸してもらい1階まで戻ると、突然書架に挟まれてパニックになった。
落ち着いてバーに触ればよかったのにそれを忘れてしまって思わぬところまで挟まれてしまった。お騒がせして申し訳ない。
と経緯と謝罪を述べて納得して頂きました。
しかし後輩だけはどうにも納得がいかないようで、「本当にそれだけなんですか?」と聞かれましたが、
まさか「幽霊だか何かに襲われてボンレスハムになりかけた」ともいえず、なんとかやりすごしました。

翌日、一応職員に報告して実際に安全バーが効いてるのかテストし、異常なし。という結果がでたところで、気をつけてね。といわれました。
しかし課長と主任だけがどうにも納得しないようで、別室に連れて行かれこんな話を聞かされました。
「実は5年前にも似たような事故があってアルバイトの学生が1人挟まれたことがあったんだよ。
そのときにも大事には至らなかったんだけど、2度目ともなるとやっぱり何かあると思うんだけど何か変わったこととかなかった?」
私は思わずぞっとしました。昨日のアレは、やはり本当にいたんだ。
書いていて自分でもよくわかりませんが、それが確かにこの図書館に存在する。そう心の中で何故か確証しているのです。
私は就職活動を理由にアルバイトを辞めることにしました。
勿論本当の理由は図書館が怖くなったからです。

しかし、果たしてあれは何だったのでしょうか?うちの大学で自殺者が出た、という話は聞きませんし、ましてや図書館なんてそういた話とは無縁といっても過言ではありません。
私はなんとなくですが、何十万冊とある図書館の蔵書の中に、本来あってはならない本が紛れ込んでいるのではないか?
もしくはただそこにあるだけで手にとってもらえない。そんな本たちの念ではないか?
そんな風に思いました。


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