[四隅]
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風の音を聞いていると、またいきなり右肩を強く掴まれた。京
介さんだ。わざとやっているとしか思えない。
俺は闇の向こうの人物を睨みながら、また時計回りに静々と進む。
さっきのリプレイのように誰かの肩に触れ、そして誰かは去っ
ていった。
その角で待つ俺は、こんどはビビらないぞと踏ん張っていたが、
やはり右から来た誰かに右肩を掴まれ、ビクリとするのだった。
そして、『俺が次のスタート走者になったら方向を変えてやる』
と密かに誓いながら進むことしばし。
誰かの肩ではなく垂直に立つ壁に手が触れた。
一瞬声をあげそうになった。
ポケットだった。
誰もいない隅をなぜかその時の俺は頭の中でそう呼んだ。たぶん
エア・ポケットからの連想だと思う。
ポケットについた俺は、念願の次のスタート権を得たわけだ。
今4人は、四隅のそれぞれにたたずんでいることになる。
俺は当然のように反時計回りに進み始めた。
ようやく京介さんを触れる!
いや、誤解しないで欲しい。なにも女性としての京介さんを触
れる喜びに浸っているのではない。ビビらされた相手へのリベ
ンジの機会に燃えているだけだ。
ただこの闇夜のこと、変なところを掴んでしまう危険性は確か
にある。だがそれは仕方のない事故ではないだろうか。
俺は出来る限り足音を殺して右方向へ歩いた。
そしてすでに把握した距離感で、ここしかないという位置に左
手を捻りこんだ。

次の瞬間異常な硬さが指先を襲った。指をさすりながら、ゾクッ
とする。
壁? ということはポケット? そんな。俺からスタートした
のに・・・・・・
呆然とする俺の左肩を何者かが強く掴んだ。
京介さんだ。
俺は当然、壁に接している人影を想像して左手を出したのに。
なんて人だ。
暗闇の中、壁に寄り添わずに立っていたなんて。
あるいは罠だったか。
人の気配が壁伝いに去っていく。
悔しさがこみ上げて、残された俺は次はどういくべきか真剣に
思案した。
そしてしばらくしてまた右肩を掴まれたとき、恥ずかしながら
ウヒ、という声が出た。
くそ! 京介さんだ。また誰か逆回転にしやがったな。
こんどこそ悲しい事故を起こすつもりだったのに。
頭の中で毒づきながら、時計回りに次の隅へ向かう。そしてみ
かっちさん(たぶん)には遠慮がちに触った。
次の回転でも右からだった。その次も。その次も。
俺はいつまでたっても京介さんを触れる反時計回りにならない
ことにイライラしながら、はやくポケット来いポケット来いと
念じていた。次ポケットが来たら当然反時計回りにスタートだ。
俺はそれだけを考えながら回り続けた。
何回転しただろうか、闇の中で気配だけが蠢く不思議なゲームが
急に終わりを告げた。

「キャー!」
という悲鳴に背筋が凍る。
みかっちさんの声だ。
ドタバタという音がして、懐中電灯の明かりがついた。
京介さんが天井に向けて懐中電灯を置くと、部屋は一気に明る
くなった。
みかっちさんは部屋の隅にうずくまって頭を抱えている。
CoCoさんがどうしたの? と近寄っていくと、
「だって、おかしいじゃない! どうして誰もいないトコが来
ないのよ!」
それは俺も思う。ポケットが来さえすれば京介さんを・・・・・・
まて。
なにかおかしい。
アルコールで回転の遅くなっている頭を叩く。
回転が止まらないのは変じゃない。5人目がいなくても、ポケ
ットに入った人が勝手に再スタートするからだ。
だからぐるぐるといつまでも部屋を回り続けることに違和感は
ないが・・・・・
えーと、最初の1人目がスタートして次の人に触り、4人目が
ポケットに入る。これを繰り返してるだけだよな。えーと、
だから・・・・・・どうなるんだ?
こんがらがってきた。
「もう寝ようか」
というCoCoさんの一言でとりあえずこのゲームはお流れになった。
京介さんは俺に向かって「残念だったな」と言い放ち、人差し
指を左右に振る。
みかっちさんもあっさりと復活して、「まあいいか」なんて言
っている。
さすがオカルトフリークの集まり。
この程度のことは気にしないのか。むしろフリークだからこそ
気にしろよ。
俺は気になってなかなか眠れなかった。

夢の中で異様に冷たい手に右肩をつかまれて悲鳴をあげたところ
で、次の日の朝だった。
京介さんだけが起きていて、あくびをしている。
「昨日起ったことは、京介さんはわかってるんですか」
朝の挨拶も忘れてそう聞いた。
「あの程度の酒じゃ、素面も同然だ」
ズレた答えのようだが、どうやら「わかってる」と言いたいら
しい。
俺はノートの切れ端にシャーペンで図を描いて考えた。

ACoCo    B京介


Dみかっち  C俺


そしてゲームが始まってから起ったことをすべて箇条書きにし
ていくと、ようやくわかって来た。酒さえ抜けると難しい話じゃ
ない。
これはミステリーのような大したものじゃないし、正しい解答
も一つとは限らない。俺がそう考えたというだけのことだ。でも
ちょっと想像してみて欲しい。あの闇の中で何がおこったのか。

続く