[四隅]

大学1回生の初秋。
オカルト系のネット仲間と「合宿」と銘打ってオフ会を開いた。
山間のキャンプ地で、「出る」という噂のロッジに泊まること
にしたのである。
オフ会は普段からよくあったのだが、泊まりとなると女性が多
いこともあり、あまり変なメンバーを入れたくなかったので、
ごく内輪の中心メンバーのみでの合宿となった。
参加者はリーダー格のCoCoさん、京介さん、みかっちさんの女
性陣に、俺を含めた計4人。
言ってしまえば荷物持ち&力仕事専用の俺なわけだが、呼ばれ
たことは素直に嬉しかった。
日程は1泊2日。レンタカーを借りて乗り込んだのだが、シー
ズンを外したおかげでキャンプ地はわりに空いていて、うまい
空気吸い放題、ノラ猫なで放題、やりたい放題だったはずだが、
みかっちさんが「かくれんぼをしよう」と言い出して始めたは
いいものの、CoCoさんが全然見つからずそのまま日が暮れた。
夕飯時になったので放っておいてカレーを作り始めたらどこか
らともなく出てきたのだが、俺はますますCoCoさんがわからな
くなった。
ちなみに俺以外は全員20代のはずだったが・・・・・・

その夜のことである。
「出る」と噂のロッジも酒が入るとただの宴の会場となった。
カレーを食べ終わったあたりから急に天気が崩れ、思いもかけ
ず強い雨に閉じ込められてしまい、夜のロッジは小さな照明が
揺れる中、ゴーゴーという不気味な風雨の音に包まれている、
という素晴らしいオカルト的環境であったにも関わらず、酒の
魔力はそれを上回っていた。
さんざん芸をやらされ疲れ果てた俺が壁際にへたり込んだ時、
前触れもなく照明が消えた。
やたらゲラゲラ笑っていたみかっちさんも口を閉じ、一瞬沈黙
がロッジに降りた。
停電だぁ、と誰かが呟いてまた黙る。屋根を叩く雨と風の音が
大きくなった。
照明の消えた室内は真っ暗になり、ヘタレの俺は急に怖くなった。
「これは、アレ、やるしかないだろう」
と京介さんの声が聞こえた。
「アレって、なんですか」
「大学の山岳部の4人が遭難して山小屋で一晩をすごす話。か
な」
CoCoさんが答えた。
暗闇のなか体を温め、眠気をさますために4人の学生が部屋の
四隅にそれぞれ立ち、時計回りに最初の一人が壁際を歩き始め
る。次の隅の人に触ると、触られた人が次の隅へ歩いていって
そこの人に触る。これを一晩中繰り返して山小屋の中をぐるぐ
る歩き続けたというのだが、実は4人目が隅へ進むとそこには
誰もいないはずなのでそこで止まってしまうはずなのだ。いる
はずのない5人目が、そこにいない限り・・・・・・

という話をCoCoさんは淡々と語った。
どこかで聞いたことがある。
子供だましのような話だ。
そんなもの、ノリでやっても絶対になにも起きない。しらける
だけだ。
そう思っていると、京介さんが「ルールを二つ付け加えるんだ」
と言い出した。

1.スタート走者は、時計回り反時計回りどちらでも選べる。
2.誰もいない隅に来た人間が、次のスタート走者になる。

次のスタート走者って、それだと5人目とかいう問題じゃなく
普通に終わらないだろ。
そう思ったのだがなんだか面白そうなので、やりますと答えた。
「じゃあ、これ。誰がスタートかわかんない方が面白いでしょ。
あたり引いた人がスタートね」
CoCoさんに渡されたレモン型のガムを持って、俺は壁を這うよ
うに部屋の隅へ向かった。
「みんなカドについた? じゃあガムをおもっきし噛む」
部屋の対角線あたりからCoCoさんの声が聞こえ、言われたとお
りにするとほのかな酸味が口に広がる。
ハズレだった。アタリは吐きたくなるくらい酸っぱいはずだ。
京介さんがどこの隅へ向かったか気配で感じていた俺は、全員
の位置を把握できていた。

CoCo    京介


みかっち  俺


こんな感じのはずだ。
誰がスタート者か、そしてどっちから来るのかわからないとこ
ろがゾクゾクする。
つまり自分が「誰もいないはずの隅」に向かっていても、それ
がわからないのだ。
角にもたれかかるように立っていると、バタバタという風の音
を体で感じる。
いつくるかいつくるかと身構えていると、いきなり右肩を掴ま
れた。
右から来たということは京介さんだ。
心臓をバクバク言わせながらも声一つあげずに俺は次の隅へと
壁伝いに進んだ。
時計回りということになる。
自然と小さな歩幅で歩いたが、暗闇の中では距離感がはっきり
せず妙に次の隅が遠い気がした。
ちょっと怖くなって来たときにようやく、誰かの肩とおぼしき
ものに手が触れた。みかっちさんのはずだ。
一瞬ビクっとしたあと、人の気配が遠ざかって行く。
俺はその隅に立ち止まると、また角にもたれか掛かった。壁は
ほんのりと暖かい。そうだろう。誰だってこんな何も見えない
中でなんにも触らずには立っていられない。

続く