[恋人の幽霊]
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「本当に悪かった、もう、なんでもします、だから許してくれ」
「何が悪かったって言うの、なんでもするって言うなら私と一緒に来てくれ
るよね、さあー」
「嫌だ、それだけは嫌だ、許してくれ」
「いいえ、そうやった逃げるところが、許せないわ」
枕元に立っていた彼女は、すうーと座り込み私にその顔を近づけて来ました
いくら逃げたくても身体が動かない、目も閉じれない、彼女の顔がだんだん
近づいて来る、「さあ、一緒に行こう貴方も死んで」まさに接吻する位の所ま
で顔を近づけ彼女が迫る、神を信じぬ私ですが「神様、神様、助けて下さい、
俺はまだ死にたくない」と叫び続けました。
あまりの恐怖の為気を失ってしまったのか、人間耐え切れない恐怖の記憶
は飛ぶと言うが、飛んでしまったのが、無限のように長く思える恐怖の時間
の後、短い空間の時があり、ただ最後に「又、明日来るね」と彼女が言ったの
を覚えていますが、気が付くと朝でした、今まで太陽がこれほど有り難いと
思った事はありません、とにかく生きている事を確認しましたが、全身は
水を被ったように濡れています、汗なのか、それにしても水の量が多すぎる、
そして枕元にも水が溜まっています、玄関もキッチンも細長く水の後が付いて
います、もう精神的にボロボロの私はシャワーを浴びる気にも、水を拭き取る
気にもなれません、何があっても仕事を休まないタフさだけが取り柄だった
私ですが、到底会社にも行けそうにありません、全身を恐怖と悪寒が包み
トイレに行くのも大変な位です、這い出すように布団から抜け出し、外に出て
アパートの前に公衆電話から会社に休みを告げる電話を入れました、その日
大事な商談があった事も有り、電話口で課長が血も涙も無い叱責をくれます
しかし、私にとって天敵とも言える課長の怒鳴り声でさえ何故かほっとする、
優しい調べに聞こえ、「課長、なんでも良いから自分を助けて下さい」と言い
たくなる程でした、そしてなんとか布団に戻り夕方まで寝ているとも起きてい
るとも言えない時間を過ごし、あの最大の救いである太陽が沈み始めてきまし
た、彼女の「また、明日来ると言う」台詞が思い出されて来ます、私は思い切
って布団から抜け出しシャワーを浴び、着替えると横の酒屋に行き酒をたんま
り買い込んで来ました、そして夕方から酒を飲み始めたのです、こう言う時は
酒とは有り難いもので、泥酔して行くに従って、恐怖と悪寒が徐々に和らいで
来ました、そして彼女の亡霊に対しての恐怖が怒りに変わって来たのです
続く