[白い子供]
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小用を足し、オーディオルームに戻る俺。扉を開きライトのスイッチを手探りで探る。カチッとプラスティック特有の音が耳に入る。
これだけは何故か旧式の室内灯が点滅する。俺は我が目を疑った。
室内灯直下、ちょうどテレビの正面辺りにライトの点灯に併せ、小さな子供の様な白い何かがいる。
旧式の室内灯は明かりがつき切るまでに何度か点灯し、完全に明るくなるには僅かに時間がかかる事は経験で知っている。(眼球に付いた傷か埃のせいで見えるアレだ
絶対にそうだ。じゃなければ見間違いにすぎない!)俺は自らに言い聞かせる様に何度も何度も同じ事を思考する。大きく息を吸う。右手は未だにスイッチの上だ。
指先に僅かな震えを感じながら、俺は大きく呼吸を繰り返す。(今日はかなり飲んだ。そのせいに決まっている。あんなものがいるはずがない。)思考を繰り返す。
すでに部屋は明るい。テレビの前に視界を向ける。・・何もない。意を決した俺は右手に力を込め、スイッチを押す。
カチッ、部屋が暗闇につつまれる。廊下にも電灯はあるのだろうが俺にはそのスイッチの場所が分からないため暗いままだ。恐らく1階で風呂に入っているであろう氏
が付けている電灯の明かりだけが幽かに階段を通し2階にも漏れている。テレビの前を凝視する。・・何もない。
カチッ、室内灯が点滅する。テレビの前を凝視する。部屋が点滅する。・・何もない。

ゆっくりと強張った右手をスイッチから離す。まだ震えているのを感じる。足を前に出す。一歩、二歩、ソファー前に立つ。テレビ前には相変わらず何もない。
緊張ですでに口で呼吸をしていた俺はそこでようやく大きく息を吐いた。(何だよ。ビビらせんな。やっぱ何もねぇじゃん。)回り込みつつソファに深く腰掛け
すでに半ばまで空けていたビールを一気に呷る。ぐびっ、ぐびっ、盛大に咽て吐き出しそうになるが人の家である事を思い出し必死に耐える。
(何やってんだ俺・・・・ビビりすぎ。情けねぇ。)咽て涙の滲んだ目蓋を擦りながらそんな事を考える。急に馬鹿馬鹿しくなり天を仰ぐ。ふーっと息をつき
少しそのまま体を休める。(そういや氏は何してんだろ?風呂の準備にしちゃあ時間かかりすぎてるな。ま、そのまま風呂に入ってるんだろうが。)
じょじょに余裕を取り戻しつつあった俺は、2本目の缶ビールのプルタブを引き、音がない寂しさが気になるためテレビでも着けようかとリモコンを探す。
何のことはなくテレビ台の上に置いてあったそれを発見した俺は、大儀そうに体を起こしテレビの前に移動した。

ビール片手にリモコンを手に取り、何となくおっくうだったのでテレビの前にしゃがみこんだままリモコンのスイッチを押す。
プツッ・・・・チュィィィン・・・・・ブラウン管に走査線が走るまでの一瞬の間。黒い黒いテレビ画面。しゃがみこんだ俺。右肩辺りに白い子供。
一瞬にして血の毛が引く。心臓が止まったかの様に感じる。瞳孔が開いていく。画面にはすでにCNNニュースらしき映像が流れている。
自分の姿も白い子供もすでに見えない。左手が冷たい。右手はリモコンを握り締めている。ガクガクと音がするほど震える膝を何とか伸ばし
とにかくテレビから離れようとする俺。そこでようやく左手を震えているため満タン近く中身のはいったビールがこぼれ冷たいんだと理解した。
思考停止状態から復旧した俺は、(とにかく落ち着け。とにかく落ち着け。とにかく落ち着け。)ひたすら自分に言い聞かせる。膝を伸ばしきった
だらしない格好。視線はテレビにへばりついたままだ。画面には訳の分からない外国語のニュースだけが流れている。(落ち着け。落ち着け。落ち着け。)
濡れた左手が滑りビール缶を落しそうになった時、ようやくまともに頭が回り始めた。他人の家でビールを盛大に床にぶちまける訳にはいかない。と
常識的な思考をしたためか、視線をテレビから外し左手に向ける。リモコンを持ったままの右手を左手に添える。何とか滑り落ちそうなビール缶を保持し
上体をそのまま前かがみにしとにかくビールを吸う。じゅる、じゅる、じゅる、そのまま両手を傾け一気に呷る。よく冷えた液体が口腔から食道へと流れる。
缶の重さをほとんど感じなくなるまで一息に飲むと、ようやく心臓が動いている気がしてきた。

続く