[白い子供]
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(明らかに子供だった。せいぜい5,6歳がいいとこの、子供だった。)咽る喉を何とか押さえつつ、思考する俺。(見間違い。酔っているせい。十分ありえる。
だが、明らかに何か見ちまった。)基本的にオカルト話は大好物だが、霊などはこの世界にいる訳が無いと言うスタンスをとっていた俺。だが明らかに今、
何かを見た事を認識する。荒く呼吸しながら、(もう一度テレビを付ける?出来るか?つかマジで見た?やべぇ。)混乱状態の俺にまとまった思考など出来るはず
もなく色々な言葉が脳裏に飛び交う。だが霊などいる訳ねぇと言いつつも心の中では会いたい見たいと思った俺。ビールに濡れた手で顔面を擦りながらも
もう一度確かめたい思いがふつふつと沸く。氏は未だに風呂だ。リモコンはまだ握っている。何とか立ち上がり、よろよろとソファーに腰掛ける。
すでにほとんど中身の入っていないビール缶を律儀にも先程空けた缶と並べる。浅く浅くソファーに腰掛けながら、リモコンをテレビに向ける。ぺらぺらと
外国人がしゃべっている画面を凝視する。親指で適当にスイッチを押す。画面が切り替わる。外国人が歌を歌っている。ひたすらスイッチを押す。
次々に画面が切り替わり、そしてついにブツッと音がした。
画面が消えるのは一瞬だった。凝視する。一瞬白いものが見えた気がする。だが反射される黒い画面には俺がリモコンを持っているまぬけ面しか映っていない。
そのままの体勢でしばらく画面を凝視し続ける。相変わらず自分だけが映っている。恐らく50インチを超えるであろうワイドな画面には他におかしな所はなかった。
(見間違い?んな事ある訳ねぇ。)大分冷静さを取り戻しつつあった俺はソファから立ち上がりもう一度テレビの前に移動する。何となくブラウン管を手で拭う。
やはり少しだけ掃除されていないらしく少し汚れた手を見る。前屈みの体勢のままリモコンを向ける。スイッチを付ける。
ガチャン!!!心臓が止まりそうになる。振り返る一瞬、明らかにブラウン管に白い何かが視界に入る!恐怖で固まる俺に
「ボン、風呂ええで。はい・・・・・・・・・・・・」
先程の大きな音は氏が扉を開いた音だった。扉を開いた体勢のまま固まっている氏。驚愕の表情を浮かべている。氏の視線が明らかに俺の後方にあるテレビを
向いていると確認した俺はリモコンを放り出しソファを乗り越え固まったままの氏を通りこし1階へほとんど飛び降りる様に走った。急な階段を駆け下りる俺だが
当然靴下を履いており膝は未だにガクガクと振るている。残り3段の辺りでとうとう滑り転ぶ。手すりを何とか掴み、派手に尻餅をつく。尻から背中にかけて
激痛が走るが、そんな事が気にならない程俺は恐怖していた。何とか立ち上がり壁に手をつきつつ玄関に到達する。ブーツの履きにくさに殺意すら覚えながらも
無理矢理足を突っ込む。「ボ・・ボン・・・」階段の中程に俺同様手すりに掴る様な体勢をした氏がいた。暗くてよく見えないがお互い蒼白の酷い顔をしていた
事だろう。「か、かか帰ります。ごちそうさまでした。」何とかそれだけを言った俺はガチャガチャと鍵を外しに掛かった。「ほ、ほうかぁ・・・泊まってったら
ええのに・・・送ってこか・・・」そんな事を氏は口にしていた様な気がする。その時にはすでに俺は氏亭を飛び出していた。
俺がようやくまともに思考出来る様になったのは、間抜けな話だが堅いブーツに足を突っ込んだだけで、土踏まずの辺りでブーツを踏んでいたため酷い靴擦れを
起こし、その痛みを感じたからだった。何とかガードレールまで歩ききり、血がしみこんだ靴下にブルーな心境になりながらも、ブーツを履きなおしそこで俺は
携帯で近くの友人に救援を申し込んだ。幸いにもまだ見捨てられてはいなかったらしく、車で迎えに来てくれた友人に今日あった事を訳の分からない口調で説明し
そのまま友人宅でまんじりともせず夜を明かした。
結局、その後卒業し数年経つまで氏の消息を知る事は俺にはなかったのだが、縁とは不思議なものでその後に付き合う事になった女性が氏の奥さんの知り合いである事
が判明するまで俺は氏とは完全に没交渉であった。
後記
その後の事は氏のプライバシーに関わる事でありあまり語れる内要ではない。そのために後記などといった形で書き記す程度に止めておく。
これは卒業し数年後に久しぶりに電話で話た氏自身の話を俺なりに解釈し薄めた内容である。
氏は当時、氏自身の息子と直接的に仕事上で対立していた。
しかし息子は紐付きであり所謂やくざ屋さんに色々と握られ食い物にされていた。
そのため氏は多くの負債を抱えるはめになり当時の不況も相まって俺と飲んだ当時にはすでに会社を失っていた。
家まで失ってはたまらないと考えた氏は妻に家を相続させ離婚し実家に逃がしていた。そのため家には手が全くはいっておらず
また氏も俺と家に行ったのが約2ヶ月ぶりの帰宅であった。
すでに頼れるものもなく長年親しんだ大阪から逃げるしかなかった氏は最後の思い出に誰からもマークされていないであろう俺を
誘い最後の晩餐を開こうとした。
酒の数が少なくなっていたのは俺の主観ではなく、蓋を開いていない酒を売りに出さなければならない程、追い詰められた結果であったと言う。
しかし、結局あの日に見た白い子供に関しての情報を得る事は一切出来なかった。それについて氏は知らないの一点ばりでありいささか不自然な程
なかった事にしていた。現在は追及も終わり、奥さんと二人その実家に住んでいると言う。氏宅がどうなったかは結局知る事が出来なかった。
今はたまに氏の奥さんが送ってくる様々な山菜を食べ、氏の健在を祈るばかりである。