[白い子供]
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当然の様に美味であった焼肉を思う存分代金氏払いで楽しみ、鬱憤を晴らすかのように酒をのんだ俺は酒の力を借り気が大きくなったかしだいに
普段通りの余裕を取り戻し、そこでようやく氏の状況を判断する視線を回復した。(やっぱ、明らかに普段と違う。会話のレスポンスが悪い、
聞いている様で上の空だ。こりゃ絶対何かあったな・・・)記憶の中の氏はその年齢からすると信じられないくらい食べ、飲んでいた。だが目の前の
氏は食欲が無く申し訳程度に箸をつける程度であり、酒だけを只管呷っていた。「そういや、今日は急にどうしたんですか?あんま元気ないみたいですし
何かあったんすか?」酒の力もあり気が大きくなっていた俺は今更の様に氏に切り込んだ。「ん?おぉ・・・いやなボン。」そこで氏はジョッキを傾け
残りの液体を喉に流し込むと「色々あってん。これが。いや、そう大した事ちゃうねんけどな。」「まぁ今日はしんみりしてもしゃあない。ボン明日は
学校休みやろ?ほぅたら飲みぃや。」そう苦笑しつつ言った。(いやいや。絶対ぇ大した事だろ。それに明日は学校あるし。いかねぇけどな。)
だが、これ以上切り込んで氏の不況を買い久々の楽しい場を壊す気にもなれず俺は追及を諦め、せめて楽しんで少しでも氏の気が軽くなるならばそれで
いいかと考え飲酒運転の氏が駆るメルセデスに乗り込み2件目のバーに向かうのであった。

程よく酔いが回り今ひとつはずまない会話をし、だがそれでも多少顔色のよくなった氏を見てすでに時刻も深夜0時を周った事だしそろそろお暇しようかなと
俺が思い始めた頃「久しぶりに楽しかったわ、ボン。どや、これから家行ってあの酒飲まへんか?」突然、氏がそう言った。氏の自宅には大学に入学して
すぐの頃に一度うかがった事があり、2階のオーディオルームに鎮座された当時高価だったワイド型ハイビジョンテレビと壁際のサイドボードにずらりと
並べられた高級酒の数々は俺に(この人めちゃくちゃ金持ちなのね・・・)と思わせるに十分な品々であった。あれからもう何年も経つ。しかし端から行く気は
ないと言えど明日は平日で講義もある。俺は訝しく思いつつも氏に尋ねた。「おばさんに迷惑じゃないっすか?それに明日も朝から仕事あるでしょう。」
「あぁ・・えぇねんあいつ今おらへんしな。実家に筍取りに行っとるわ。」「そうっすか・・」筍が一体何時ごろ採取出来る物であるか残念ながら当時の俺には
判断できず、しかし僅かなきな臭さを感じ取りながら俺は思考した。(何だぁ?家に呼ばれるなんざ何年ぶりだ?それにあの酒・・・誰にも飲ませへん!とか
言ってなかったか?)しかし相手は散々世話になった氏だ。今日一日で多少顔色が良くなったと言えど明らかに様子がおかしい。(まぁ誰にでも一人になりたくない
時くらいはあるか・・・)そう気を取り直した俺は明日一日潰れるくらいは今までの恩返しだな。と「いいですよ。まだ飲めますし。どうせ暇です行きましょう。」
そう答えた。(ヤバくなっても俺の家まで氏宅からはいそげば30分だしな。)「ほぅかぁ・・ほな行こか。車乗りぃや。」氏は嬉しそうに応えた。

久しぶりに見る氏宅は閑静な住宅地の中でひときは豪奢ななりを当時のままに保っていた。玄関先でブーツを脱いでいると「先ぃ風呂入れてくるけん、2階でこれ
飲んで待っててや。」氏に「手渡された2本の缶ビールを持ち俺は2階への急な階段を上がった。数年ぶりに見る部屋はさすがに当時とは変わっている様に思えたが
どこがどう変わっているのか判断出来ない。当時のままに配置されたテレビ前のソファに腰掛けプルタブを引いた。落ち着いて部屋の様子を見分する俺。どうも
当時壁際にずらりと並んでいたナポレオンやらルイやらの数が随分と減っている感じがする。何となくだが部屋が埃っぽい。(おばさんが実家に帰ったって、逃げられた
んじゃねぇのか・・?)明らかに手が入っていないらしい部屋の状況からそんな疑念が沸いて来る。しかし家族間の事など当事者同士の問題であり俺が口を出す事などでは
決してない。そう気を取り直しビールの呷る俺。(今日は何だかんだで随分飲んでるな。)そう考えると急に尿意を感じてきた。確か部屋を出て階段とは逆方向の
突き当たりにトイレがあったなと思い出した俺は「すいませーん。」と声を張り上げた。しかし風呂の準備をしているらしい氏には聞こえてはおらず、諦めた俺は
ノーマナーだと思いつつもトイレを借りる事にした。ビールをテレビ前にテーブルに置く。立ち上がる。方向転換。ライトのスイッチを切る。部屋を出る。

続く