[指定された部屋]

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仕事が終わって、夕食を部長がご馳走してくれる事になりました。その後、一軒、二軒と梯子となり、部屋に戻った時はほろ酔い気分で臭いの事などすっかり忘れていました。
風呂に入るのも面倒になり、私はそのまま寝ることにしました。

何分経ったのでしょうか。まだまだアルコールが残っていたので、それ程経ってなかった様に思います。
突然目が覚めました。しかし、身体が全く動きません。
みるみる内に酔いが覚めていったのを今でも覚えてます。

それまで金縛りには何度か遭った事があるのですが、何時もとは比べようも無いくらいの強烈なものでした。
金縛りを解くべく懸命に指先を動かし、どうにか解けると、直ぐにまたそれ以上の金縛りに見舞われるのです。解けると直ぐ…、解けると直ぐ…、意識は徐々にハッキリしてくるのですが、金縛りは強くなる一方です。とうとう指先さえ動かなくなりました。
瞼以外の身体は全く動かず、意識だけがしっかりしている状態になりました。

その時です。見たこともない女性のイメージが脳裏に浮かびました。
パーマを当てただけの無精なヘアースタイルのオバさんで、二重顎、瞼を閉じて生気が全く感じられないオバさんの顔だけが、二度、三度私の脳裏に浮かぶのです。

 『…。』

生気の無いオバさんの顔が、ずっと同じパターンで私の脳裏に浮かぶ…、…いえ、入ってくるのです。少し離れた処から迫ってくる様に。

何分程続いたのでしょうか。
目を開けると天井が見えました。そして廊下を歩くスリッパの音が聞こえました。

 『誰かが起きてトイレにでも行くんだ。』

誰かに会いたい一心でした。
そう思った時、身体の自由が戻りました。私は急いで部屋を出ました。
向かって左側にある便所に駆け込んだ瞬間、更に恐怖が膨らみました。

便所の蛍光灯が点いてなかったのです。
真っ暗な便所の中は並んだ便器だけで人は無く、3つ在った個室からも人の気配が全くしませんでした。
何よりもそれ以前に便所の中は真っ暗なのです。

階段から向こうの廊下は便所しかなく行き止まりです。
便所以外に行くところがないのです。
確かにスリッパの足音は階段を上り下りすることなく、便所へ向かってました。

 「これって、もしかして霊体験なのか?」

私自身、どちらかというと霊現象の様な超常現象は否定的な方でして、まして大事な取引のある出張中にそんな非現実な考えが入る余地などなかったのですが、程良く酔って眠りに就いていた私の目が覚める程の体験に、その時はじめてそう考えるに至りました。

続く