[罪悪感]
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鉄の鎖に下がる黒い物体から水が滴る音。
風もないのに自転して、徐々に暗闇から白い顔が浮き上がってくる。
その表情は寂しげであったり、笑っていたり。でも最後にはかならずじぃーっと見つめてくる。
彼は定期的に暗い工場で首を吊った社長の自殺現場を夢として見ていたのだそうです。
そして、北部の日本人墓地までさかのぼります。
彼はそこを訪れて以降、その夢を頻繁にみると同時に別のものが現れるようになったと言いました。
それが潜水服の男でした。宇宙服のような格好をした男は頭の部分を時間をかけて
ゆっくり外していくというのです。そしてその男はマスクを小脇にかかえ、
手招きの動作をくりかえすのですが、彼にはなぜか男が「来い」ではなく
「去れ」と言っているように思えたそうです。
わたしはそこまで彼の話を聞き、気になったことがあったので彼にその潜水服の絵を簡単に描いてもらいました。
それはやはりわたしにも見覚えがあったのです。
わたしも普段夢をみているのでしょうが、朝になってしまうといつもきれいさっぱり忘れてしまいます。
そのくせ日常生活でもよく白昼夢の類いを経験しますし、この旅で一番自覚したのは同部屋の人から、
朝ほぼ聞かされるわたしの寝言です。怒ったり、笑ったり、泣いたり、ときには歌うこともあるそうです。
しかし、一切思い出すことができない。
彼はケアンズの博物館に真珠の養殖のために使われた昔の装備一式が展示されていたのを目にしていて、
後になって思い出したそうですが、わたしもどこかの博物館で見かけただけだと思うようにして、
彼にはなにも言わず、続きを促しました。
その男が夢に出たときに限って、いつもどこかしら体が痺れる。
そのままにしておけばいずれ麻痺して、うごかなくなるんじゃないか。そんな根拠のない恐怖に煽られる。
そして彼は首つりの夢にも変化が起こったと言いました。
睨みつけられるだけだったのに、口を激しく動かしてこっちに叫んでいる。
でも何を言っているのかわからない。その顔が恐ろしくて目をそらそうとしても、
口元に焦点が合ってはずれない。一番怖かったのはその口の動きで「死ね」と連呼しているとわかったときだった。
そして、彼は宇宙服のようなものが潜水服と気付いてから、
なにもかもがあの日本人墓地に結びついていると思うようになって、
あの土地を離れたと言いました。事実、遠ざかるほどに2つの夢は見なくなり、
パースに到着してからは週に1度あるかないかだったそうです。
体が痺れることもなくなり、あの土地を訪れる以前の平穏な日に戻ったのです。
しかし3ヶ月後、旅の再開と期同じくして、鳴りを潜めていた悪夢が再び始まりました。
彼はその夢はまた少し前のものと変わっていると教えてくれました。
首つりの死体は相変わらず「死ね」と叫び続けるのですが、
潜水服の男はマスクを取った後「去れ」ではなく「殺せ」と意識に直接働きかけるようにして言うのだそうです。
そして、彼が過去の告白をした日の昼間、彼はソファで本を読みながらうとうと寝入ったとき、
首をくくって死ぬ前の社長に彼が「隠し通せるとしたら、死ぬ以外にないですよ。どうしますか?それでもお金ないですか?」
という夢を見たのだそうです。それは現金を回収する際に彼がよく口にしていた文言だったといいます。
あまりにも現実味を帯びていて、やり直せるならやり直したいと願いながらも、
その意に反して再現される夢をいたたまれない気持ちで傍観していると、
社長は「いま死ぬ以外にないんだよ、お前がなっ!」と言い放って夢が覚めたそうです。
続く