[罪悪感]
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わたしたちはみな若く、それゆえ好奇心旺盛でした。
スタッフの話を聞き終え、誰もがその墓地へ行くことでつかの間の刺激を得ようとしていました。
しかし、彼だけは「肝試しには行かない」と渋り、結局、彼抜きで明晩決行ということでまとまりました。
翌朝、半数がバスに乗ってビーチへ向かい、残りの半数が懐中電灯や虫よけスプレー、
食材などの買い出しを済ませ、昼食を持ってビーチへ合流。
そしてまだ日の高い時間に先発グループが夕飯の支度のため宿へと戻って行きました。
わたしは彼と同じ後発組で息苦しいほど熱い日差しが傾き始めるころまで海水浴を楽しみ、
その日は最終の1本前のバスに乗ることにしました。しかし、定刻となっても一向にバスがくる気配はない。
そんなこと、あの国では大都市でもよくあることです。
その都度腹を立てていたら疲れるだけでなにも良いことなんてありません。
あのときもそうでした。最終バスを待てばいいものを、血気盛んというのかこらえ性がないというのか、
歩いて帰ることになったのです。

海岸沿いに続く道を折れ、内陸へと道なりに進む。
最初は意気揚々とした歩調であったのに、いつしか誰もが熱さと疲労で無口になって、
先を歩く男子とも距離が開いていきました。でも日が暮れるまで十分時間はあります。
「おーい」と先頭の子が大仰に手招きをし、道から外れた方向へ腕を差し向けながら、
小走りに道路を横切っていきました。

その先にはそれまで赤茶けた大地だけだったのに、大小様々な草木が集合して茂みを作っています。
すこし前を歩いていた彼の横について2人でみんなの後を追いました。
「ああやっと日陰で休める」などと愚痴をこぼして歩を進めるうち、
さっきまで雑然としていた藪がなにかを避けているように見えました。
「お墓だ」そう思うだけでなぜか、ぞっとしました。辺りはまだ明るいし、
日本の実家のすぐそばに墓地があるのでそんな意識するほどのものではなかったはずなのに。
彼もそれに気付いたのかしばらく無言になり、
とつぜん「俺はこんなとこで死にたくはなかった」と弱々しく言いました。
確かに彼がそう言うのを聞き驚いて、とっさにわたしは「死にたくなかった?」と彼に問い返しましたが、
彼は怒気を含んだ調子で今度ははっきり言いました。「こんなとこで死にたくはないな」と。

一体いくつ墓石があったのでしょうか。簡素なフェンスはかなり奥行きがありました。
100や200では効きません。切り出したままの岩や黒い御影石にお名前が彫られ、
なかには消えかかって判読できないものまでありました。広い敷地内には雑草が点在し、
野ざらしの墓石に手入れをする人、ましてや手を合わせ供養する身内もいないのでしょう。
わたしは目についた雑草に手を伸ばし引き抜いては、フェンスの外に投げていました。
散策に飽きて木陰で休んでいた他の仲間も遊び半分に真似し始めます。
まったく焼け石に水というような作業でも胸のもやもやを吹き飛ばす役には立ちました。
日も暮れ、疲れて辺りを見渡すと、奥でひとり後ろすがたの彼が手を合わせて黙とうをしているのがわかりました。
そして、彼はリュックからペットボトルを取り出し、渇ききった石に水をかけたのです。
わたしたちは一滴でもいき渡るよう水を撒き、墓地を後にしました。

結局、その日本人墓地への肝試しの計画は流れてしまいました。
あの日宿へ帰る道々、わたしたちはひやかしで行く場所ではないとわかったからです。
夕食を作ってくれていたグループには「昼間あの場所へ行く方が怖い」などと説明し、
「魔よけ」と称して大量の水を持たせました。翌日「怖くなかった」と言って帰ってきましたが、
「魔よけはどうしたの?」とたずねると、「重いから墓地に撒いてきた」ということで、
とりあえずなんとなくわかってもらえたようでした。

彼の様子がおかしくなっていったのは墓地へいったあの日からでした。
いつも中心になって話をしていたのに、急にふさぎ込んでひとりでいることが多くなり、
「月への階段」の日を目前にしてパースへ南下する長距離バスに乗って行ってしまいました。

3ヶ月後、パースでわたしは彼と再会しました。
シドニーから長い列車の旅を終え向かった宿に彼はいたのです。
彼が去ってからすぐメールを送りましたが、それまで1度も返信はなく、
わたしも送信することはありませんでした。最初は驚きましたが、
奇跡とかいう陳腐な偶然はこんな風に訪れるものなんだと思います。
話したいこと、聞きたいことは山ほどあり、彼も同じ気持ちだったようで、
わたしたちは時間が経つのも忘れてお互いの近況を報告しあいました。
よくよく話を聞けば、彼は材木店で働いたお金で中古車を購入し翌日南部へ出発するということでした。
もともとわたしは3週間ほどぶらぶら滞在した後、また列車でシドニーへ戻る予定でしたが、
停車駅が彼の目的地と重なることもあって、そこまで相乗りさせてもらえないかと懇願し、彼は承諾してくれました。

続く