[魚(師匠シリーズ)]
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暗闇の中で、寝ていたソファーから身体を起こす。
服がアルコール臭い。酔いつぶれて寝てしまったらしい。
回転の遅い頭で昨日のことを思い出そうと、あたりを見回す。
厚手のカーテンから幽かな月の光が射し、その中で一瞬、
闇に煌くものがあった。
水槽と思しき輪郭のなかに、にび色の鱗が閃いて、そして
闇の奥へと消えていった。
なんだかエロティックに感じて妙な興奮を覚えたが、すぐ
に睡魔が襲ってきてそのまま倒れて寝てしまった。

次に目を覚ましたときは、カーテンから朝の光が射しこん
でいた。
「起きろ」
目の前に京介さんの顔があって、思わず「ええ!?」
と間抜けな声をあげてしまった。
「そんなに不満か」
京介さんは状況を把握しているようで、教えてくれた。
どうやら、昨夜のオフでの宴会のあと、完全に酔いつぶ
れた俺をどうするか、残された女性陣たちで協議した結果、
近くに住んでいた京介さんが自分のマンションまで引きず
って来たらしい

申し訳なくて、途中から正座をして聞いた。
まあ気にするなと言って、京介さんはコーヒーを淹れてく
れた。
その時、部屋の隅に昨日の夜に見た水槽があるのに気がつ
いたが、不思議なことに中は水しか入っていない。
「夜は魚がいたように思ったんですが」
それを聞いたとき、京介さんは目を見開いた。
「見えたのか」
と、身を乗り出す。
頷くと、「そうか」と言って京介さんは奇妙な話を始め
たのだった。

京介さんが女子高に通っていたころ、学校で黒魔術まが
いのゲームが流行ったという。占いが主だったが、一部
のグループがそれをエスカレートさせ、怪我人が出るよ
うなことまでしていたらしい。京介さんはそのグループ
のリーダーと親しく、何度か秘密の会合に参加していた。
ある時、そのリーダーが真顔で「悪魔を呼ぼうと思うのよ」
と言ったという。
その名前のない悪魔は、呼び出した人間の「あるもの」
を食べるかわりに、災厄を招くのだという。
「願いを叶えてくれるんじゃないんですか?」
思わず口をはさんだ。普通はそうだろう。しかし、
「だからこそやってみたかった」と京介さんは言う。
京介さんを召喚者として、その儀式が行われた。
その最中に京介さんとリーダーを除いて、全員が癲癇症状
を起こし、その黒魔術サークルは以後活動しなくなったそ
うだ。
「出たんですか。悪魔は」
京介さんは一瞬目を彷徨わせて、
「あれは、なんなんだろうな」と言って、それきり黙った。
オカルト好きの僕でも、悪魔なんて持ち出されるとちょっ
と引く部分もあったが、ようは「それをなんと呼ぶか」
なのだということをオカルト三昧の生活の中に学んでいた
ので、笑い飛ばすことはなかった。
「夢を食べるんですね、そいつは」
あの気になっていた一言の、意味とつながった。
しかし京介さんは首を振った。

続く