[魚(師匠シリーズ)]

別の世界へのドアを持っている人は、確かにいると思う。
日常の隣で、そういう人が息づいているのを僕らは大抵
知らずに生きているし、生きていける。
しかしふとしたことで、そんな人に触れたときに、いつ
もの日常はあっけなく変容していく。
僕にとって、その日常の隣のドアを開けてくれる人は二人
いた。それだけのことだったのだろう。

大学1回生ころ、地元系のネット掲示板のオカルトフォー
ラムに出入りしていた。
そこで知り合った人々は、いわば、なんちゃってオカルト
マニアであり、高校までの僕ならば素直に関心していただ
ろうけれど、大学に入って早々に、師匠と仰ぐべき強烈な
人物に会ってしまっていたので、物足りない部分があった。
しかし、降霊実験などを好んでやっている黒魔術系のフリ
ークたちに混じって遊んでいると、1人興味深い人物に出
会った。
「京介」というハンドルネームの女性で、年歳は僕より
2,3歳上だったと思う。

じめじめした印象のある黒魔術系のグループにいるわりに
はカラっとした人で、背が高くやたら男前だった。そのせ
いかオフで会ってもキョースケ、キョースケと呼ばれてい
て、本人もそれが気にいっているようだった。

あるオフの席で「夢」の話になった。予知夢だとか、そう
いう話がみんな好きなので、盛り上がっていたが京介さん
だけ黙ってビールを飲んでいる。
僕が、どうしたんですか、と聞くと一言
「私は夢をみない」
機嫌を損ねそうな気がしてそれ以上突っ込まなかったが、
その一言がずっと気になっていた。
大学生になってはじめての夏休みに入り、僕は水を得た魚
のように心霊スポットめぐりなど、オカルト三昧の生活を
送っていた。
そんなある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいたのだった。

続く