[時計]
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それから半年ほどたった夜中だった。
夢を見ていたのかどうかも覚えていない。
深い闇の底で俺はもがき、あまりの息苦しさに目を覚ました。
呼吸が荒れ、寝汗をかき、心臓がドクドク鳴っていた。
何の夢も見ていない。闇の底でもがいていただけだ。
部屋の闇のなかで、壁掛け時計の秒針の音だけが聞こえてくる。
一秒、一秒、時を刻む音が、カチ、カチ、カチ、カチ・・・と。
俺の心臓の鼓動が、秒針の音にシンクロしている。
ドク、ドク、ドク、ドク・・・、と。
時計が、一秒、一秒、時を刻むごとに、俺の心臓の鼓動が大きくなっていく。
ドク、ドク、ドク、ドク・・・、と。

俺は心臓病で胸をかきむしりながら死んだ祖父を思い出した。
俺の心臓の鼓動がどんどん大きくなっていき、このまま破裂するような気がした。
「遺伝」とか「若年性心疾患」などという言葉が脳裏をよぎり、
俺はゆっくり心臓の上に右手をあててみた。
そこに、冷たい、誰かの手があった。
俺の右手のひらが触れたのは、冷たく骨の細い、小づくりな手の甲だった。
そして、その冷たい手の甲が裏返り、華奢な指で、俺の右手を握り返した。
俺は、わあっ、と叫んで手をふりほどき、ベッドからころげ落ちると、
慌てて部屋の電気をつけた。
部屋に蛍光灯の光があふれ、俺はベッドの掛け布団をはぎとった。
なにもなかった。
時計を見ると、4時少し前だった。
眠れなくなった。


俺はあの火災で焼死者が2名出たことを思い出した。
うち一人の女は、焼身自殺を取りざたされたのだ。
拾ってきた壁掛け時計は、その焼身自殺女のものだったかも知れない。
俺は恐ろしくなった。そして空が白むのを待って時計を取り外し、
まだ薄明のうちに近所の寺の本堂にそれを置いてきた。

それからまた2ヶ月ほどたった。
夜中、なにやら騒がしくて目を覚ましかけた。
消防車のサイレンや鐘の音が鳴り響いているようだ。
レム睡眠の途中で目を覚ましかけたらしく頭の中が動かない。
サイレンの音は一つではない。
火事らしい。それもすぐ近所だ・・

続く