[時計]
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いや、それは夢だった。俺は暗闇のなかで目をひらいた。
サイレンの音も鐘の音も聞こえない、沈黙の真夜中だ。
聞こえるのはただ、時を刻む時計の音だけ。
カチ、カチ、カチ、カチ・・・、と。
だが、俺は半年前に掛け時計を捨てたはずだ。その後、時計は買っていない。
なぜ部屋の中に秒針の音がするのか。
カチ、カチ、カチ、カチ・・・、と。
俺は漆黒の闇のなか、音の聞こえる方向に顔を向けた。
捨てたはずの掛け時計が、闇のなかに青白く浮かび上がっていた。
だが、その文字盤の数字は逆に並んでいる。12、11、10、9・・・、と。
その逆配列の文字盤のうえを、秒針が時を刻みながら進んでいく。
カチ、カチ、カチ、カチ・・・、と。
11、10、9・・・、5、4、3、2・・・、と。
そして時計の秒針が"0"になった瞬間、ベッドのしたから
乱れた長髪の血まみれに焼け爛れた顔の女が這い上がってきて俺の首を絞めた。
叫ぼうとしたが全身が金縛りとなり、喉がひきつって声が出なかった。
部屋の片隅が赤い光に染まり、小さな焔がゆれて見える。
もがこうとするが金縛りで体が動かない。首を絞められ続け意識が遠のきそうになる。
部屋を赤く染める焔はおおきくなり、焼けた匂いがただよってくる。
ふと、金縛りが解け、体が動いた。叫びながら部屋から飛び出す。
アパートの階段を転げ落ちそうになりながら駆け下り、裸足のまま夜中の路地を走った。
ふりむくと、俺の住んでいたアパートの方の夜空はオレンジ色に染まり、
黒煙と焔が激しく吹きあがっていた。

俺の住んでいたアパートは全焼し、隣室の会社員を含め、6人の焼死者を出した。
出火元の住居者である俺は、偽装失火・・・焼身自殺未遂によって巻き添えの
焼死者を出した容疑で、現在、取り調べを受けている。


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