[添い着]
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僕の表情に気付くと祖父は慌てたように笑顔を作って言った。
「いんや、お前はもう心配いらん。じいちゃんに任しとけ

しかし祖父があいつらと渡り合えるとは思えず、僕の不安は
消えなかった。その次の日、祖父は隣町の知り合いに会ってくると
言い残して出ていった。そのまま祖父は夜になっても帰らず、
両親は警察に通報しようかと騒ぎ出し、僕は祖父があいつらに
殺されたんじゃないかと半ば信じ始めていた。10時過ぎ、
母親がまさに通報しようと受話器を取った時、祖父が帰ってきた。
普段かくしゃくとしている祖父が今はひどく弱々しく重病人の
ようだった。その後僕は寝床へやられた。両親は随分祖父を
問い詰めたらしいが祖父は頑として口を割らなかったようだ。
祖父は翌朝学校に行く僕を玄関まで見送り、その時に
「もう何も心配いらんよ。全部済んだから」
と言った。その後祖父は二度と僕にその話しはせず、僕も
聞けなかった。

それ以来祖父は体調を崩し、入退院を繰り返すようになった。
そしてあの事件から三年後、いよいよ危ないとなって
僕らは病室のベッドで祖父を囲んだ。祖父は朝から長いこと
眠っていたが夕方ふっと目を覚まし僕と二人にしてくれと言った。
両親が出ていくと祖父は僕を近付けて言った。
「俺はもう長くないけん、少し早いがお前にも教えておかないと
いかん。当事者だからな…。あの日お前が見たのはな『添い着』だ」
「そいぎ?じゃあねってこと?」
「添える着物と書いて『添い着』だ。ここらは昔一種の地霊信仰が
行われておったんだ。地霊、つまり大地に宿る精霊を崇めていたのさ。
じいちゃんの父さんの頃は町のほとんどが信者でな。年に二回ほど
山の上で儀式めいたお祭りをやっていたもんだ。だが、次第に
町の人も移り変わっていって寂れていったんだ。だからじいちゃん
ぐらいの年のもんじゃないとこの事は知らんはずだ。
そう思っていたんだが…まだやっている奴らがいたんだな」
「おじいちゃん、『添い着』って…」
「うん、『添い着』はな、地を汚した時に地霊を野辺送りする儀式
のことだ」

続く