[花嫁衣裳]
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その女(S)とは身体の関係から始まりました。
知り合ったその日に僕がホテルに誘ったのです。
そしてホテルを出る前に、Sから「付き合って欲しい」と言われました。
当時、恋人はいなかったので軽い気持ちでOKしました。
しかし2週間ほどした頃に僕の気が変わり、一方的に振ったのです。
別れを告げた時、Sは泣いていました。が、僕は彼女に優しい言葉をかけるわけでもなく、
そのまま立ち去りました。
分かれた原因はSにもあったので「自業自得だ。」くらいにしか思っていませんでした。
その後、彼女からも一切の連絡もなく、僕のことなどとっくに忘れているだろう、と思って
いたのです。
僕は身勝手で非道い男でした。

ポツリ、ポツリ、とその経緯をAに語ったところ対処法を教えてくれました。
「夜寝る前に心の中でその女性に心から詫びなさい。それから枕元に塩を置くこと。
そんなにタチが悪い感じでもないから、それで大丈夫だと思うよ。取り憑いてるコはあなた
のコトを強く思っているだけで、生き霊になっている自覚はないから。」
Aの家を出、Yとも別れてから実家の近所にあるコンビニへ寄りました。
もう夜も遅くスーパーも閉まっていたので、コンビニで塩を買おうと思ったのです。
袋入りの塩と、夜食用のポテトチップス、飲み物を持ってレジに並びました。
Aの家を出たら、生き霊のことはさほど気にならなくなっていました。
今までこの3ヶ月、何か悪いことが起こったわけでもなし。
Aの家に行くまでは僕に生き霊が憑いてるなんて知らなかったし。
悪寒がするわけでもない、頭痛も肩こりもない。Aも「タチは悪くない」と言っていたし。
そのうち、消えてくれるだろう…。

「久しぶりだね。」
ふいに聞いたことのある声が後からしました。
長い髪、一重まぶた。首の小さな痣は服の襟に隠れています。
店内の少し離れたところにSがいました。
何気なく振り返った僕は、頭が真っ白になりました。どうしよう…どうしよう…。
「それ、誰と食べるの?」
Sは離れたところに立ったまま、明るい表情で訊いてきました。
「え…?」
「それ、誰と食べるのよ?」
Sは笑顔で買い物かごのポテトチップスと1.5Lのペットボトルを見ています。
「一人でだよ。」なんとか平静を装い、答えました。
「ふ〜ん。彼女とじゃなくて?怪しいな〜。」
そう言いながらも、こちらへ近づいて来ようとはしません。顔は笑っています。

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