[契約]
前頁
宋 昌成・昌浩親子に『拝み屋』金 英和を紹介した在日朝鮮人実業家で呪術研究家の男・・・シンさん。
韓国から来た『祟られ屋』の息子・・・マサさん。
その父親と契約を結び、名を変えてマサさんを監視し、補佐する呪術師の宋 昌浩=キムさん。
彼らは、マサさんの一族に伝わる特異な『朝鮮の呪法』を以って、彼らの属する呪術団体の中で地歩を固めて行った。
マサさんの一族と組織の関わりはかなり古いものらしい。
以前から不思議に思っていた・・・実業家であり、呪術師や祈祷師でもないシンさんが、組織や呪術の世界、マサさん達に何故関わるのか?
俺はシンさんに疑問をぶつけた。
シンさんは答えた。
「拝み屋だった金 英和は私の息子なのだよ。
申家は、ある無茶な仕事で酷い祟りに遭ってね、一族が滅びかけた事があるんだ。いや、滅んでいるはずだった。
申一族はマサの祖父に救われたが、事業が頓挫した我々には、約束の報酬を支払う事が出来なかった。
だから、『適格者』だった私は、多額の謝礼の代わりにマサの祖父と契約を結んだのさ。
だが、私が修行に入る前に、息子が出来てしまった。
不測の事態で仕方なく、私の代わりに弟が『監視者』として修行の道に入ったが、適性を欠いていたらしく、使命を全うする事無く死んだ。
私と弟に成り代わって、申家のマサの家に対する義務を果たすべく、息子はマサの父親と契約を結んだが、彼も適性を欠いていて命を落とした。
申家の生き残りは私だけだ。
老い先短い私には、命の続く限りマサやキムを補佐する義務がある。
申家の宿命を代わりに背負った宋家・・・いや、キムにはシン家が築いて来たもの全てを託す。
その為に、私はキムを表の仕事の右腕として鍛え続けて来たんだ。事業家としても彼は優秀で、私の期待に応えてくれているよ」
シンさんの言葉の後、俺はキムさんに聞いた。
「適格と言うのは、例の『導通』の儀式に耐えられる能力と言うことですか?」
「マサ達が適格者を選ぶ基準は私にも良く判らないが・・・恐らくそうだろうね。
私も、マサが父親から呪法を受け継ぐ少し前に、師匠から君と同じ儀式を受けている。
金 英和は、儀式を受けた後、急速に体調を崩して寿命を縮めた。
あの儀式は相当な下準備と、生まれ持っての適性がないと致命的なダメージを肉体に及ぼすと見るべきだろうな」
「俺はマサさんと契約なんてしていない。それに、マサさんは子供どころか結婚も、女もいないですよね?」
「そうだな。君が適格者だとは思えない。君は日本人だからな。
日本人として日本の神々の加護を受けている君には、あの『井戸の呪法』関わる適性は無いと思うんだ。
肉体的特性は兎も角、霊的特性として、朝鮮民族に限られるんじゃないかと私も思う」
「何でマサさんはPではなく、俺にあの儀式を施したんだろう?」
「それは私にも判らない。ただ、確実に言えるのはP君は間違いなく候補者だったはずだ。
彼ではなく、君に儀式を施したと聞いて、我々も驚いたよ。
肉体的条件に適合しなかったようだが、P君の潜在的な霊能力は素晴らしいものがあったからね。
・・・正直、碌に準備もしなかった君があの儀式に耐えて、今も無事で生きていること自体、私には驚きだよ」
「俺、『導通』の儀式の実験台だったんだろうか?」
「さあな。だが、アイツも相当に甘い性格をしているからな・・・そこまで、非情な行動に出られるか?
君を儀式の実験台に出来るような奴なら、多分、君があのアパートに着く前に、踏み込むと同時に千津子と奈津子を射殺していただろう。
命を落としかけてまで、あんな危ない橋を渡る事はなかったはずだ」
茶碗に残った酒をグイッと一気に呷ると、シンさんは俺に言った。
「マサが何を考えているかは判らないが、いずれにしても、君は良くやってくれているよ。
君は身体の傷からも、アリサ君を喪った心の傷からも、痛みを忘れているだけで癒え切ってはいない。
本来、あんな危険な仕事を任せられる状態ではなかった。
緊張が解けて、そのうちに後遺症が出てくるだろう。
暫く暇をあげるから、今はゆっくり休みなさい。君の傷が癒えて戻ってくるのを我々は待っているよ。
好きなバイクでツーリングにでも行くと良い。思い切り羽根を伸ばしてきなさい」
俺が部屋を出ようとすると、キムさんが「ちょっと待て」と声を掛けてきた。
「木島の所に顔を出すのは良いが、奴には気をつけろ。アイツは、私やマサのように甘い人間ではない。
何を企んでるかは判らないが、目的の為には何処までも非情になれる人間だ。そこのところを忘れるな。
まあ、たっぷり休む事だ。
戻ってきたら、せいぜい扱き使ってやるよw」
俺は一礼して、シンさんのお宅を後にした。
おわり