[幻の女]
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俺が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
病院に搬入された時、俺は生きているのが不思議な状態だったらしい。
骨盤と脛骨、肩と鎖骨の骨折。頭蓋骨の陥没と顔面の骨折。
頚椎や脊椎にもダメージを負っていた。
出血多量でショック症状を起し、病院に搬送中、救急車の中で心停止も起していたらしい。
俺は1ヶ月以上意識不明の状態で生死を彷徨っていたそうだ。
そんな俺に姉が泊りがけで付き添ってくれていた。
意識が戻った俺は、ドクターが「前例が無い」と言うスピードで回復して行った。
個室から大部屋に移ると、友人達が入れ替わりで見舞いに訪れた。
意識が戻って暫くの間、俺は事故の前後の記憶を完全に失っていた。
だが、キムさんと権さん、そして友人のPが見舞いに来た時に、俺は何の気なしにキムさんに尋ねた。
「一度、来てくれていたような気もするけど・・・アリサが顔を見せてくれないんですよね。今、忙しいんですか?」
姉も、キムさんも権さんも俺と目を合わせようとしない。
だが、『アリサ』の名を口にした瞬間、あの晩のことを俺は思い出した。
俺はアリサと待ち合わせをして、待ち合わせ場所に向っていたんだ・・・アリサはどうしたんだ?
そして、俺はPに言った「俺を車で撥ねたのはノリコだ。俺は撥ねられる瞬間、確かに見た」
Pが言った。
「ノリコ?誰だそれは?それに、雨の夜じゃヘッドライトの逆光で運転席の人の顔なんて見えるわけ無いだろ」
俺は「何言ってんだよ。ノリコだよ!俺が高校の頃付き合ってた子だよ。お前も一緒に良く遊んだじゃないか!」
Pは「お前が付き合ってたのは、李先輩の妹の由花(ユファ)だ。お前と友人関係はかなり被ってるいるけどノリコなんて女は知らないよ」
「待ってくれ。そんなはずは・・・アリサに聞いてもらえば判る。アイツもノリコに会ってるから!間違いねえよ!」
興奮する俺の肩に姉が手を置いて言った。
「その、アリサさんはね、あなたと一緒に事故に遭って亡くなったのよ・・・」
「・・・嘘だろ?」
権さんが「本当だ。お前たちの事故を最初に発見して通報したのは朴だ。
お前に付き纏ってる女の話があったから、社長の指示で彼女とお前を引き離したんだが、それが裏目に出た。
彼女には俺の独断で朴を付けていたんだが、彼女は毎晩、お前のアパートの近くまで様子を見に行っていたんだよ。
あの晩、お前は慌てた様子でアパートを出て行き、彼女もお前を追っていった。
彼女に気付かれないように朴も付いて行ったんだが、突然の事にどうしようもなかったんだ」
俺達を撥ねた車は、飲酒運転で検問を無視して追跡されていた若い男の車だったらしい。アリサは即死だったそうだ。
アタマが真っ白になった俺にキムさんが続けた。
「お前の言ってたノリコと言う女性に付いて調べたよ。幼稚園から小中学校、高校の同窓生まで調べたが該当する女性はいなかった」
俺の頭は混乱の極みにあった。そんな、馬鹿な・・・ノリコが存在しないなんて。。。
だが次の瞬間、俺は愕然とした。
Pの言う由花の顔は彼女とのエピソードも含めてはっきりと思い出せるのだが、ノリコの顔も彼女とのエピソードの一つも思い出せないのだ。
俺は震えながら拳を握り締めた。
そんな俺に姉が言い難そうに言った。
「ねえ、あなた、子供の頃に川で溺れた事覚えてる?」
「ああ」と俺は答えたが、俺の記憶は曖昧だった。
俺が小学校低学年の頃に川で溺れて死に掛けた事は事実だったが、俺には、その事故の詳細やそれ以前の幼少の頃の記憶は全く無いのだ。
姉は続けた。
「あなたは覚えていないのかもしれないけど、あなたは周りに『ノリコちゃんに突き落とされた』と言っていたのよ」
俺にそんな記憶は無かった。姉は更に続けた。
「あなたが小学校に上がる前、P君たちとよく遊ぶようになる前、あなたは一人遊びが多い子だったの。
お父さんがあなたを出来るだけ外に出さないようにしていたからね。
あなたは時々家から姿を消して家族を慌てさせた。そんな時、いつも言ってたわ。『ノリコちゃんと遊んでた』ってね」
更に話は続いた。